第5話 採集クエスト
ギルドを出るとまた薄明るい道が浮かび上がる。その道を行くと水門に着いた。入り口の扉の前には警備の男が二人立っている。依頼票を見せると通れと顎をしゃくった。水門の階段を降りて地下用水路に入った。水路は迷路のように枝分かれして続いている。
『武器は持っているか』
「持っている訳ないでしょう」
『ちゃんと用意しろ、金も武器も防具もないとは』
「先に言ってよ」
『お前がとろくさいからだ』
「令嬢はこんなものよ」
『女でも戦える奴はいくらでもいるぞ』
「悪かったわね、物知らずで」
『見ろ、アレがココルナック草だ』
毛虫と言い合いをしている内に着いたらしい。毛虫の指し示す方角には階段があってその踊り場に草が生えている。踊り場には屋根がなくて階段の上の方は鉄柵で覆われている。明るいのは空にレモンのような月があるからだ。ココルナック草がよく見える。葉は尖ったシャベル状でサキソフォン型の花が葉の間から顔を出す。
『花を採集して、食事用に苗を三つくらい抜き取って持って帰るんだ』
ポトンと毛虫がナイフを落す。
「こんなモノ何処に持っているの」
『魔王たるもの、身の内に倉庫を持っていなくてどうする』
「あらそう、どうしてココルナック草が倉庫に入っていないの」
『必要ない物は入れぬ』
「入れた物しか入っていないの?」
『当たり前だ』
マジックバッグみたいなものだろうか。思った端から毛虫が巾着型のバッグを寄越す。
「これは?」
『マジックバッグだ』
(ツンデレかしら)
依頼票の数より多めに花をナイフで摘んで毛虫がくれた袋に入れる。苗はどうすればいいのだろうか。草を引っ張てみたが簡単に抜けそうもない。
『草の根元を持って、根っこの部分は土と一緒に採るのだ』
「よく知ってるのね」
『お前が無知なのだ』
知っていたら庭師くらいには、なれるだろうか。
『甘い。お前のは幼児のままごとだ』
「むっ」
小さい苗を三つばかりナイフを使って引っこ抜いた。土がついている。
「このまま入れてもいいの? 袋が汚れるわよ」
『入れたまま出てくるから大丈夫だ』
「便利ねえ」
感心しながら袋に入れる。結構楽しい。気分は泥んこ遊びだ。
『キルカの卵もこの葉の裏に付いているだろう』
大きな葉を引っ繰り返してみると、葉の裏に小指の半分ほどの、木の実のような丸い卵がくっ付いている。「これなのね」と、葉っぱごと依頼票の数より多めに摘み取って袋に入れる。
「エプト川の水は?」
『この地下水路にエプト川支流の地下水脈が流れ込んでいる』
「分かったわ」
『分かっているのかな、まあ良い、こっちだ』
ぼんやりと浮かび上がる通路を進む。水路は分岐があちこちにあって上がったり下がったり迷路のようだ。下の方に行けば段々濡れて通路はコケが生えていて滑りやすくなっている。危ないと思うそばから、何かを踏んずけて、つるりと滑って転んで水路に落ちそうになった。
「きゃあ」
『土の壁』
水路に落ちそうになるのを壁が出現して跳ね返される。
『あーあ、やっぱりな。この水路にはスライムが生息しているんだ。踏めば滑る』
「やっぱりなじゃないでしょ、ちゃんと先に言ってよ」
足元を無毒化されたスライムがドローと逃げて行く。通路が濡れてコケも生えていたので、ぐちゃぐちゃでドロドロだ。
昔、王太子に突き飛ばされて、泥んこになったことを思い出した。
もう妹も十歳になったし中継ぎの役目を終えて、あんな意地悪で浮気な男とはサッサと縁を切りたい。
父と継母は妹を大事にして目を光らせているから、テオドゥル殿下もあまり悪さはできないだろう。彼の悪事は殆んど報告しているが、父と継母がどうするつもりかは知らない。
だが、レティシアは次を探そうにも、王太子の仲間の貴族たちは誰も似たり寄ったりだ。やはり修道院か年寄りの嫁か。そうだ、冒険者になるという選択肢もできたのだった。
レティシアは俄然やる気になった。若い身空で先に何の希望も見いだせなくて諦めの境地で生きていた。だが人生は捨てたものではないのかもしれない。
『悪かった』
「あ……」
ひらりとタオルが落ちて来た。タオルを受け取って手と顔を拭く。こんなこと誰もしてくれなかった。思いがけなく優しくされて涙が溢れてきた。
『泣くな、令嬢なんだろう』
「私だって泣くことくらいあるわよ」
『そうか』
「ありがとうね」
毛虫は返事をしてくれなかった。
(新発見だ。タオル一枚で転ぶ私は安いチョロインだ)
エプト川は王都の北側にあるシェランスの森から王都を北から西側をぐるりと回って南へ流れていく川で、その水は一部の植物の成長に有効だという。毛虫によれば『魔素が多い』そうな。
支流が地下に潜って天然の地下水脈となって流れ込み、水路と合流して排水溝へと流れて行く。合流地点は広く深くなっていて流れが渦を巻いている。地下水脈の湧きだし口で毛虫が『ほれ』と出してくれた革の水袋に水を汲む。今回、受けた依頼はこれだけだ。
ギルドに戻って依頼票と一緒に納品受付に納品する。
「早かったな、ご苦労さん」と受付の職員に労われた。
受け取った報酬の銅貨を握りしめてしばし佇む。
『どうした』
「ご苦労さんって言われた」
『普通だろう。僕だって礼ぐらい言うぞ』
レティシアが何かを頑張っても、いつもそれが当たり前だった。目立つことをすれば叱られる。出しゃばらず、大人しく、目立たず、聞き分けの良い──。
「お金まで貰えるなんて……」
『報酬は当たり前だ』
「う……」
『帰るぞ』
毛虫は涙腺が決壊しそうなレティシアを無理矢理追い立てる。そして一歩ギルドを出た途端レティシアは屋敷の自分の部屋に戻っていた。
「え、どうして……」
『僕は疲れた。寝るのだ』
毛虫はレティシアを置いてさっさと寝てしまった。頭の上で。
あまりに色々な出来事が短時間の間に起きて咀嚼できない。溜め息を吐くと考えるのを諦めて、ベッドに置きっぱなしの夜着に着替えてベッドに潜り込む。興奮して目が冴えるかと思ったが、すぐに眠ってしまった。
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