事務補佐員ですので困ります

山上 みのり

第1話 私は事務補佐員(パート)なんです

 山上(やまがみ) みのり、35歳。

 職業は事務補佐員(パート)。

 職場はとある国立大学にある研究施設の事務室。

 職場を選んだ理由、同じことの繰り返しなら楽そうだと思ったから。とは、面接では言えなかったけれどそれが真実。

 ところがどっこい!

 入ってみると、まぁ毎日毎日、事件は起きる。

 とりあえず言わせてもらいます。

 私は事務補佐員(パート)です。

 いつでも挿げ替えのきく私に、責任をお求めにならないようにお願いします!


 3年前の面接の日。

 直接の上司となる施設所長(教授職と兼任)と、事務員の女の子と、勤怠管理の常勤職員の計3名を前にして先述の本音を隠して志望動機を奏上した私。

 そんな私の履歴書を見た所長である尻崎(しりさき)教授が一言。

『あれ?この経歴なら技術補佐員のほうがいいんじゃない?確か同時募集してたよね?』

 おっとこれは『お祈りメール』の先駆けか?と私の笑顔が強張る。

 全く悪気のなさそうな笑顔で尻崎教授は右隣の勤怠管理職員を見る。眼鏡を軽く押し上げて、勤怠管理職員の花池(はないけ)さんが真顔で頷き、私に言った。

『バイオ研究室で、実験のできる補佐員募集がありますが、どうしますか?』

 なんとなんとこれは『お祈りメール』変化球バージョンか。受け入れ先を提示してお断りするやつですか?

 しかしここで、はいいいですよって答えるのってどうなの?ありなの?

 いや、私はバイオ実験の補佐なら、謹んで全力で断りたいわ。

 補佐員『パート』といえども失敗したら責任とらされそうだし、なにより経験で知っている。実験は計画通りに進まない。そうそれはつまり、時間通りに終わらないということ。学生時代に散々経験したので毛穴という毛穴に染み込んでいます。(匂いのように)

 補佐員(パート)は時間給ですが、このご時世ならば残業カウントは厳しいはず。ということは、、、こういうことです。

 そう、サービス残業当たり前。

 無理。やだ。絶対に断る。

 しかし、面接の場でバッサリやってしまっていいものか悩む。そもそもこの面接はどうなるの?不採用街道まっしぐら?

 ぐるぐると頭の中で思考が巡るとともに、私の目も回っていたのでしょう。尻崎教授がえへへ、と笑いながら

『いやもちろん。山上さんがここで働きたいたいと思ってくれるなら、僕はいいと思うんだよ。でもなんか、この経歴はもったいないかなとね』

 読んだね?私の心を読んだね、尻崎教授。

 おっかねぇ、おっかねぇ。やっぱり頭のいい人って怖いわぁ。

 ただ、それならそうで、そのお言葉のとおりならば私の答えは1つです。

『いえ、バイオはもうお腹いっぱいです。ぜひここで働きたいです』

 ちょっと前のめりで言ってみる。

 僕はいいと思う、って言ったもんね。言っちゃったもんね、先生。これで『お祈りメール』送ってくるとか、残酷なことはしませんよね?!

 けっこう圧が強めだったのかしら?

 見れば花池さんの目が泳いでいる。

『あはは、そう思ってもらえるならいいと思うよ、この子で』

 尻崎教授は履歴書を裏返し、満足そうに背もたれに思い切りよりかかる。

 え?決まり?決まりなの?!


 なんだかあれよあれよと言う間に面接は終わり、翌日には人事担当から電話をもらった。

 バイオ実験の技術補佐員ではなく、事務補佐員(パート)として採用となりました。

 めでたし、めでたし。


 かなぁ?!不安!!すごく!

 この時点ですでに、アクの強さは感じていた。

 でも採用してもらえたし、まあなによりも私は事務補佐員(パート)ですから。

 おそらく心に渦巻くものは取り越し苦労でしょう。

 と、自分に言い聞かせて出勤開始となりました。


 (第1話 終)

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