第11話 カフェでの密談
指定されたカフェは、駅から少し離れた静かな場所にあった。4人は周囲を警戒しながら、慎重に近づいた。
「怪しい人はいないみたいね」香澄が小声で言った。
カフェの窓から中を覗くと、奥のテーブルに若い女性が一人で座っていた。スマートデバイスを見ながら、時折ドアの方を見る。
「あれが瀬崎さんかな」陽依は言った。
「入る前に確認しよう」黒崎は冷静に言った。「罠の可能性もある」
陽依はスマートデバイスを取り出し、瀬崎に電話をかけた。カフェの中の女性がスマートデバイスを取り出すのが見えた。
「もしもし、瀬崎さん?今、カフェの前にいます」
「わかりました。中に入ってください。奥のテーブルにいます」瀬崎の声が電話から聞こえると同時に、カフェ内の女性が話しているのが見えた。
「本物みたいだね」香澄がほっとした様子で言った。
4人はカフェに入り、瀬崎のテーブルへと向かった。瀬崎は20代後半の知的な印象の女性で、白衣の代わりにシンプルなブラウスとスカートを着ていた。
「佐倉さん?」瀬崎が立ち上がった。「瀬崎真理です」
「はい、佐倉陽依です」陽依は緊張した面持ちで答えた。「こちらは友人の成瀬香澄と黒崎柊」
瀬崎は2人に会釈し、周囲を見回した。「シアは?」
陽依は一瞬バッグの方に視線を落としたが、首を振った。
「ここでは出せません」
「そうですね、賢明です」瀬崎は頷いた。「では、データを見せていただけますか?」
陽依はポータブルメモリを取り出した。「これです。お父さんが隠していたものです」
瀬崎はポータブルメモリを受け取り、自分のラップトップに差し込んだ。パスワード画面が表示される。
「パスワードは?」
「20300614です」陽依が答えた。
瀬崎はパスワードを入力し、ファイルを開いた。彼女は画面に表示されたデータを真剣な表情で確認していった。
「これは……素晴らしい」瀬崎の目が輝いた。「拓己先生は本当にやり遂げたのですね」
「それって……本当に、シアは認められるかもしれないってことですか?」陽依は希望を持って尋ねた。
「はい」瀬崎は驚きを噛みしめるように言った。「……これほどのデータが揃っていれば、倫理委員会でも無視できないはずです」
「じゃあ、このデータがあればシアを守ることができますか?」香澄が尋ねた。
瀬崎は少し表情を曇らせた。「それが……難しいところです。御影部長は会社内で強い影響力を持っています。彼はAIの感情発達に強く反対しており、このプロジェクトを潰そうとしてきました」
「でも、証拠があるじゃないですか」陽依は食い下がった。
「証拠だけでは不十分です」瀬崎は説明した。「私たちには支援者が必要です。幸い、ネクサスAIの中にも、AIと人間の共存を信じる研究者たちがいます。彼らがこのデータを見れば、きっと協力してくれるでしょう」
「その研究者たちは、どこにいるんですか?」黒崎が実務的に尋ねた。
「今夜、ネクサスAIの研究所で秘密会議があります」瀬崎は小声で言った。「拓己先生の支持者たちもそこに集まります。そこでこのデータを発表すれば、御影部長に対抗できるかもしれません」
「でも、研究所には入れないでしょう?」陽依は不安そうに言った。
「私がIDカードを用意します」瀬崎は落ち着いた声で続けた。「ただし、入れるのはあなたとシアだけです。他のお二人は外で待機していただく必要があります」
陽依は香澄と黒崎を見た。2人は頷いた。
「大丈夫、私たちは外で見張りをするよ」香澄が言った。
「何かあったら連絡しろ」黒崎も同意した。
「では、今夜8時に研究所の裏口で会いましょう」瀬崎は言った。「それまでは安全な場所で待機してください」
「どこに行けばいいですか?」陽依が尋ねた。
瀬崎は少し考えてから言った。「私の部屋にしましょう。場所は知られていないはずです」
「では、そこで待ちます」陽依は頷いた。
瀬崎はポータブルメモリを陽依に返した。「これは大切に持っていてください。これがなければ、全てが無駄になります」
5人はカフェを出て、瀬崎の住宅へと向かった。駅から徒歩15分ほどの場所にある、ごく普通のマンションだった。
瀬崎の部屋に入ると、シンプルながらも整然とした空間が広がっていた。本棚には科学書が並び、壁には量子力学の図表が貼られていた。
「ここなら安全です」瀬崎は言った。「この地下フロアは、研究所と同じ仕様で通信を遮断する構造になっています」
「つまり、シアを出しても探知されないってことですね?」黒崎が確認した。
「その通りです」瀬崎は頷いた。「私は研究所に戻ります。準備をしておきますので、8時に裏口でお待ちしています」
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