女子少年院の順子 ☯


 玄関前を横切ると新入りの集団が入ってくるのが見えた。俯いていた一人が顔をあげた。後藤順子だった。思わず順子ネエさんと思ったが、おっと、私らは敵だったっけと思い返した。順子は私の顔を見たが、別段表情を変えるでもなく、また、俯いてしまった。


 私は、毎日、美久、楓、節子、佳子の顔を思い出し、あいつらここを出たら覚えておけよ、ギタギタにしてやる、と夢想した。紗栄子は死ななかったようだ。かなり蹴ったんだがな。タフなヤツだよ。しっかし、特に、楓、あのノッポ野郎、私を石でぶん殴って気絶させやがった。許さねえ。


 ぶりっ子作戦がうまく言って、自分で思った予定通りに、一級まで五ヶ月で終わって、七ヶ月で出所できる目処がついてきた。驚いたことに、順子はぶりっ子じゃない本当の模範生として、半年で仮退院(仮釈放)になってしまった。まあ、美久の元妹分で、元々が優等生なんだから、仕方ねえか、と私は思った。


 私もあと一ヶ月で出てやる。出たら、美久も順子もギタギタだ、とそれだけを楽しみに私は耐えた。



 収容期間を満了して矯正施設から出所した人間は、保護観察が受けられない。矯正施設を出所した人間が、保護観察による指導や援助を受けられず、社会への適応が図られないまま再犯に至ってしまうことは、出所した本人、社会の両者にとって不幸なことだそうだ。仮釈放の制度は、矯正施設に収容された人の更生を助け、再犯を防止して、社会を保護することを目的とした制度だという。どっちにしろ、私らは信用されていないんだ。まあ、信用しろったって、自分でも自分が信用できねえよ。


 保護観察の場合、保護観察官や保護司から生活指導等を受けながら、自分の犯罪や非行について反省を深めて、更生に努めていくことになる。仮釈放期間中に違法行為等があった場合には,仮釈放等を取り消され,再び矯正施設に戻されることがあるのだ。



 順子は、AK女子学園の門を出た。園の正面道路は公園通りという二車線の狭い道路だ。AK女子学園と保護観察所には、実家の住所を伝えてあるが、むろん、家族は迎えに来ているはずがない。高校に復学するのか聞かれたが、退学して、仕事を探す、と報告してある。


 誰もいないと思っていたが、門のすぐ横に見慣れたオートバイが止まっていた。黒尽くめの格好をした紗栄子がバイクにまたがっていた。


「順子ネエさん、迎えに来たぜ。乗れよ」とヘルメットを放り投げられた。紗栄子は「あんたの実家に連絡したら、迎えに行く気もなければ、実家に住まわす気もないって、私を怒鳴りやがったぜ。それで、じゃあ、私の知り合いのところに住まわせて構わないか?って聞いたら、どうにでも勝手にしてくれ、ってんで、北千住のお巡りと北千住の保護司に連絡して、私の知り合いの住所を伝えておいたよ。これから北千住の保護司のところに行って、出所報告と保護観察の相談をしようぜ」と言う。


「おい、紗栄子、余計なことしてくれるじゃないか?」

「ああ、私はおせっかいな女だろう?いいじゃあないか?どうせ、あてはないんだろう?仕事先も紹介してやるよ」

「おまえの知り合いのところってどこなんだ?見ず知らずの家なんか転がり込めるかよ!」

「見ず知らずじゃないぜ。保護司に報告したら連れて行くからな。こんな少年院の門の前でガァガァ文句垂れてないで、乗れよ、ネエさん」



 強引にバイクに乗せられた。紗栄子はAK女子学園から甲州街道に出て、首都高中央環状線を通り、千住新橋料金所で降りた。荒川の土手を走って、荒川を尾竹橋で渡った。墨堤通りを通って、千住桜本町のマンションに連れて行かれた。エレベーターでマンションの四階の部屋に行く。紗栄子がドアベルを鳴らして「後藤さんを連れてきました」と言った。


 ドアが開くと、そこは選挙事務所のようだった。三十代の男性が玄関に出た。「ああ、いらっしゃい。お待ちしてましたよ」という。男性と一緒に出てきたのは、分銅屋の女将だった。順子は驚いた。


「順子ネエさん、この人があんたの保護司だよ。足立区区会議員の近藤さんだ。そして、女将さんがあんたの保護観察の保証人で、住所は女将さんの家だよ。それで、あんたの仕事は分銅屋の女将代理だ。節子と仲良く仕事するこったね」と紗栄子が言う。


 順子は話についていけなかったが、近藤議員に「後藤順子です。話がよくわからないのですが、今日出所しましたので、ご挨拶に伺いました」と挨拶した。


「まあ、後藤さん、お上がりください」と言って、居間に通された。壁には議員の選挙ポスターや政治スローガンが貼ってあった。


 議員が女将さんに「吉川さん、この経緯をあなたから説明してもらった方がいいでしょうね?」と言った。


「そうね、順子ちゃん、久しぶりね。あのね、紗栄子があなたの実家に連絡したら、出所してもあなたの面倒をみないって言われたのよ。後藤家の恥だって。それで、私が実家に行って、私が引き取ります。分銅屋で働いてもらいます、よござんすね、って言ったの。紗栄子に聞いたら、保護司は近藤議員だって言うじゃない?北千住は狭いわよね。近藤議員は私の元カレのお兄様なのよ」と女将さんはイタズラっぽく舌を出した。「そういうわけで、あなたさえ良かったら、ウチに住み込んで、節子の手伝いをして頂戴。私は博士号取得で忙しいのよ。お給金はあまり出せないけどさ」


「女将さん、私なんかにそんなお世話を受ける資格はありません」と順子が言う。


「資格とか、堅苦しいことをいいなさんな。近藤議員としても、あなたがウチに住み込みで分銅屋の手伝いをするなら、保護司の役割が軽くなるのよ。それに保護観察の身分だと、正直な話、仕事先を探すのも苦労するのよ。分銅屋と私を助けると思って、うんと言って頂戴」

「わ、わかりました。分銅屋で働かせていただきます。よろしくお願いいたします」と順子が女将さんと近藤議員に頭を下げた。


「まあね、外堀を埋めちゃったけどね。お節介だよね、私も。お節介のおばちゃんと思って諦めておくれ。実はさ、実家に言って、順子ちゃんの荷物ももうウチに運び込んであるのさ。千住っ子は手回しがいいんだよ」と女将さんが言う。


「女将さんには敵わないなあ。紗栄子、これはおまえのアイデアなのかい?」と順子が紗栄子に聞くと「へへぇ、実はね、これは美久ネエさんの悪知恵だよ。最初は美久ネエさんの不動産屋って話だったんだけどね。女将さんが、あら、ならば、分銅屋で、って話になってさ。女将さんと一緒に美久ネエさんもあんたの実家に行って、『順子は私の妹分です。面倒を見させてください』って頭を下げたんだ。まあ、分銅屋も十九才の節子と二十才の順子ネエさんの二枚看板で若返って、若い客も増えるぜ」


「紗栄子、あんた、若返るとか、どうせ、私はアラフォーのおばちゃんですよ。フン!」

「まあ、女将さん、拗ねないで。順子ネエさんは和服が似合いそうだよ。なんせ、美久ネエさんの次の別嬪は順子ネエさんなんだからね。節子が悔しがるぜ」


 近藤議員が「こりゃあ、分銅屋に行く機会が増えそうだ」と言うと「あら?哲也さん?年増の私じゃダメなんですか?」と女将さんがむくれた。


 順子はちょっと涙目になって「みなさん、よろしくお願いします」とまた頭を下げた。



※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

※高校生の飲酒喫煙シーンが書かれてあります。

※性描写を含みます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る