第13話:異世界の遺産と新たな目標
Bランクへの昇格から数日が過ぎた深夜。俺は机の引き出しの奥から、厳重に布で包んだ物を取り出していた。
折れた聖剣の欠片。
異世界から持ち帰った、唯一の形ある証。柄と鍔の一部、そして刃の根元がわずかに残るだけの、もはや武器とは呼べない残骸。だが、俺にとっては何よりも重い意味を持つ遺物だった。
机の上に静かに置き、部屋の明かりに照らして見る。刃の断面は、魔王の最後の一撃によって結晶化したように変質し、鈍い黒色に淀んでいる。普通の鍛冶技術では、もう二度と元には戻らない。
『この剣に誓おう。必ず、全員で生きて帰ると』
脳裏に、あの日の光景が蘇る。
勇者である剣士のカイル、回復魔法使いのミーア、弓使いのレオン、そして斥候役の俺。四人で円陣を組み、この剣を中心に手を重ねた。最後の決戦前夜だった。
俺は記憶を振り払うように首を振った。感傷に浸っても、過去は変わらない。死んだ者は帰らないのだ。俺にできるのは、せめてこの剣を蘇らせ、彼らとの約束を果たすことだけだ。
スマートフォンを手に取り、ギルドのデータベースに再びアクセスする。Bランク権限で閲覧できる情報は格段に増えていた。検索窓に「武器修復」「鍛冶」「希少金属」といったキーワードを次々と入力していく。膨大な情報の中から、関連するデータを抽出していく。
そして、一つの記録に目が止まった。
『伝説級武具の修復に関する考察』
3年前に引退したAランクの冒険者が残したレポートだった。彼は第40層で発見された古代の武器を修復しようと試みたが、最終的に失敗に終わったという。だが、その過程で得られた知見が詳細に記されていた。
『通常の鍛冶技術では、高位魔力によって変質した金属組織の修復は不可能。唯一の可能性は、元の素材以上の魔力伝導率を持つ金属で補強し、再鍛造すること。その条件を満たす素材として、
やはり、星鋼石は必須か。だが、レポートはさらに続いていた。
『星鋼石の精製法:
原石の状態では加工不可能。触媒となる特殊鉱石と共に、最低でも竜種の炎による精錬が必要。また、精錬時には術者の魔力を大量に消費するため、高度な鍛冶技術、あるいはそれに代わる錬金術の知識が不可欠』
「竜の炎……そして、錬金術か」
俺は即座に階層情報を検索した。
『第35層:
推奨ランク:A
ボスモンスター:ファイアードレイク
特記事項:炎のブレスは金属を瞬時に溶解させる高温。討伐後、特殊な容器があれば、その炎の魔力を一時的に封じ込めることが可能』
道筋が、より鮮明になった。
第一の目標、第35層で「竜の炎」を手に入れる。
第二の目標、第42層で「星鋼石」を入手する。
そして第三に、それらを扱うための「古代の技術」を探す。
だが、その全てを実行するには、途方もない金と、そして何より深層へ至るための「道」を開かなければならない。
◇ ◇ ◇
翌日の昼下がり、俺は路地裏にある情報屋の店『Neutral Zone』のカウンターに座っていた。
「よう、『沈黙の剣』さん。いや、Bランク冒険者の日向蓮様、と呼ぶべきかな」
マスターが、いつもの胡散臭い笑みを浮かべてコーヒーを差し出す。俺のBランク昇格のニュースは、この裏社会にもすぐに広まったらしい。
「あんたの噂、もうBランク界隈じゃ誰もが知ってるぜ。『新人狩り』で有名なパーティを返り討ちにしたとか、第四層の異常事態を一人で解決したとか。尾ひれがついて、とんだ英雄譚だ」
「余計な世話だ。それより、頼んでいたブツは?」
「へいへい、こいつは手厳しい。もちろん、用意してあるさ」
マスターはカウンターの下から、黒いアタッシュケースを取り出した。中には、俺が依頼していた、自作ポーションの販売で得た売上が分厚い札束となって収められている。
高品質ポーションは、金に糸目をつけない高ランク冒険者の間で、裏ルートを通じて瞬く間に評判となっていた。
「これで今月分だ。あんたのおかげで、こっちも儲かって笑いが止まらんよ」
「次の納品は二週間後だ」
俺はアタッシュケースを受け取りながら、簡潔に告げる。
「ところで、一つ忠告だ」と、マスターは声を潜めた。
「最近、ギルドの連中、特にアイアンルートの目が光ってる。あんたの行動は、筒抜けだと思った方がいい。あんたに『監視役』がつくって噂もある」
「……知っている」
「ならいいんだがね。ま、せいぜい尻尾は掴まれるなよ」
忠告に礼を言い、俺は店を出た。ギルドの監視は織り込み済みだ。だが、その監視の目を逆手に取り、情報を得ることもできる。全てはやり方次第だ。
◇ ◇ ◇
裏取引によって当面の活動資金を確保し、装備を中層仕様へと一新した俺は、本格的な階層攻略へと乗り出した。聖剣修復という遠大な目標のためには、まず深層へと至る道を、この手で切り拓かねばならない。第11層へのゲートを解放するには、まず低層の最終関門である第10層までを踏破する必要があった。
俺の攻略ペースは、他の冒険者の常識からすれば、異常の一言に尽きただろう。
Bランク昇格から三日間、俺はほとんど地上に戻ることなくダンジョンに籠り続けた。
まず第五層。ボス「オークロード」が率いる軍団を、俺は地形と罠を巧みに利用して単独で壊滅させた。正面からのぶつかり合いを避け、ゲリラ戦に持ち込み、指揮官であるオークロードを暗殺する。異世界での対人・対亜人戦闘の経験が、そのまま活きていた。
続く第六層は湿地帯。俊敏な動きで毒の吹き矢を放つ「リザードマン」の群れを、俺は気配を絶って水中に潜み、一体ずつ確実に仕留めていく。リーダーである「リザードマン・キャプテン」は、俺の存在に気づくことすらなかった。
第七層の洞窟に巣食う「ジャイアントスパイダー」、第八層の迷宮を守る「ミノタウロス」、そして第九層で再び現れた「オークロード」の強化種。それぞれのボスを、俺は半日とかからずに次々と撃破し、IDカードに「踏破記録」を刻んでいった。
疲労すれば自作のポーションで回復し、食料は最低限のレーションのみ。眠りは浅く、常に五感を研ぎ澄ませ、周囲の警戒を怠らない。異世界で嫌というほど叩き込まれたサバイバル生活の術が、この管理された世界のダンジョン攻略においても、絶対的なアドバンテージとなっていた。
時折、他のBランクパーティとすれ違うこともあった。彼らが苦戦している魔物の群れを、俺は横から一瞬で殲滅し、無言で通り過ぎていく。そんなことが何度か続くうち、俺の周りからは自然と人がいなくなった。「沈黙の剣」という二つ名が、畏怖と共に中層の冒険者たちの間に広まっていくのを、俺は肌で感じていた。
そして昇格から四日目の朝。俺は、第十層「死霊術師の実験室」の最深部に到達した。
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