第29話:氷の姫君Ⅳ

 護衛任務、継続中――俺の胃の痛みも継続中。


 それにしても、王女殿下って、マジで毎日忙しい。執務に謁見に茶会に、なんか知らんけどたまに馬車でどっか行ったりするし。俺なんかよりよっぽどハードスケジュールだ。むしろ、殿下の胃が心配。


 平然とこなしているので、大丈夫だとは思うが。


 その日、王宮内の小さなサロン。

 空気は静謐、紅茶の香りだけがやけに優雅に漂っていた。


 ……うん、またお茶会かよ。


 まあ、お茶会というか、王が「リリア殿は勇者で、社交的な場での礼儀作法を覚えた方がいい」ということで、王女自ら教えていた。


 俺は壁際に立ちながら、今日も殿下の「護衛」として場違い感フル装備で待機中。

 ちなみに今の俺の心のBGMは「♪胃痛クラシック~第七交響曲~」です。


「リリアさん。ティーカップはこのように、持ち手に人差し指と親指を通し、中指を添えて支えます。決して指を立ててはいけません」


 王女殿下、今日も美しい。


「わぁ……すごく優雅ですね。あっ、こう、ですか?」


 リリアが言われた通りにカップを持ち、そろりと紅茶を口にする。

 システィア王女は、そんなリリアの様子をじっと見つめている。


「……ふふ。初めてにしては、なかなか様になっています」

「ほ、ほんとですか!? よかったぁ……」


 うわああ、やばい、この空気。

 なにこれ、ちょっとした乙女修行じゃん。プリンセス育成タイムじゃん。

 リリアはほのぼのしているし、王女殿下は作られたような微笑みながらもきっちり距離感を保ってるし……これ、見てるこっちの心臓に悪いわ。


 ……でも、あれだな。

 このイベント、あったな。確かゲームだと「好感度上昇ミッション・礼節編」とかいうサブイベント。


 プレイヤー(リリア)が好感度上げるチャンスだけど、ミスると王女の評価がダダ下がりするっていう、地味にシビアなやつ。


 あの時の俺、マジで緊張しながらスティック操作してたなぁ……あの頃はまさか、自分が転生して護衛役でこの場に立つとは思わなかったけど!


「リリアさん。お菓子を取る時も、ナプキンを左手に。ティーフォークはこのように使います。――ほら、そちらではなく」

「あっ、す、すみません! 間違えちゃって……!」

「気に病むことはありません。王宮の作法は複雑ですから。ゆっくり、覚えていきましょう」


 ……王女殿下、優しい。けど、たぶん今の「ゆっくり」は「じっくり見定めてからにしましょう」って意味も混ざってる。


 ほら、目がちょっとだけ冷たい。あと、俺には一ミリも視線をくれない。完璧だこの人。

 で、リリア。お前さっきから自然に紅茶の銘柄聞いたり、王女と笑い合ったりしてるけど、馴染みすぎだろ。


 俺、今や護衛という名の飾りなんだけど? もうちょっと俺の存在感にも気づいて?


「アルクスさん? ……あの、お茶……いかがですか?」


 え? あ、珍しくこっち来た。


「え? あ、いや、俺は……ほら、護衛中なんで。集中力がですね、こう……」

「では、冷めないうちに」


 すっと差し出されるティーカップ。いや、殿下!? なんでそこだけ妙に親切!?

 逆に怖い! それもう「はい毒入りです」ってレベルのプレッシャーあるから! 胃にくるから!


「あっ、ありがとうございます……」


 結果、ありがたく頂戴する俺。


 くっ……胃が、今日も紅茶の香りと共に焼けていく……。


 そしてその日のサロンタイムは、王女殿下の指導のもと、リリアが徐々にお嬢様化していくという、なんか危険な成長イベントとして終わった。


 ……おい、主人公。


 お前、まさか「姫ルート突入」してないか? ていうか、その場合俺どうなるの? ラスボスなの? それとも胃潰瘍で途中リタイアなの?

 胃をさすりながら、俺は静かに、そして確実に不安を積み重ねていった。


 その日、俺たちは王城内の訓練場を訪れていた。

 目的は、近衛騎士団の訓練の視察。


 ……なんだけど、俺的には「胃の休憩日だな!」って思っていた。

 だって王女殿下、基本的に口出ししないし、俺は護衛って名の壁になるだけだし。


 とか思ってた。数分前まではな!


「リリア殿。よろしければ、訓練に加わってみませんか?」


 そう言ってきたのは、近衛騎士団長――マジで絵に描いたような渋カッコいい中年の男性。声に重みがある。言葉に説得力がある。あと、全身から滲み出る武のオーラがすごい。


「えっ、あ、私がですか!?」

「はい。まあ、実際は勇者様のお手並みを拝見したいだけですが。もちろん、王女殿下の許しがあればの話しです」


 殿下の許しがあれば――その一言で、場の空気がピリッと引き締まる。

 で、視線が自然と一点に集中する。


「……よろしいでしょう。リリアさんは熱心ですから」


 あっさり許可出たーっ! 殿下ーっ! もうちょい悩んで!


「は、はい! がんばりますっ!」


 やる気満々のリリア。眩しい。

 その横で、俺は「この後のオチが見える」予感に、地味に汗が出てた。

 で、リリアが軽い剣の振り方を教わっている間――来た。予感、的中。


「アルクス大尉。あなたも、一本お相手願えますか?」


 来たー! 模擬戦きた!

 やっぱりか! 虚構の怪物って名前のせいでこうなる! 誰だよそんな異名つけたやつ! 出てこい!


「い、いや、私は殿下の護衛任務中ですので……」


 苦し紛れに断ろうとしたその時――


「問題ありません。私が許可を出します」


 王女殿下、即答。そして、表情はいつも通り。

 でもたぶんその目、言ってる。「逃げませんよね?」って。


「……了解しました」


 詰みました。


 ――というわけで、今、訓練場の中心で剣を構えている俺がいます。


 対するは近衛騎士団長。練度も経験も申し分ない実力者。

 よし、ここは一発、いい感じに負けて――


 うわあぁぁあ、もう終わったあぁぁぁあ!


「ッ……ぐっ!?」


 ……うん、勝っちゃった。いや、違うんだ、俺だって本気出すつもりなかったよ!? 軽く流して、さくっと転ばされて終わるはずだったのに!


 でも相手が本気モードだったし、無意識に身体が反応しちゃって! つい、こう、こう、ビュッてやってドンッてやったらバンッ! みたいな!


 その結果――俺、無傷。団長、尻もち。周囲、静寂。


 ……やっべぇ。場が完全に静まり返ってる。やっちゃった感がすごい。


「……参った。まさしく怪物ですな。噂は本当だったようだ」


 団長が苦笑いしながら起き上がって、礼をくれる。いやいやいや、そんな清々しく褒められると逆に胃が痛ぇ!


 そして――視線を感じる。

 そっと横を見ると、王女殿下がこちらを見ていた。


 ……無表情。


 変わらない。いつも通りの、冷たいまでに整った顔。

 でも……あれ? 目の奥、ちょっとだけキラッて――


「見事です、アルクス大尉」

「は、はい。ありがとうございます……」


 いやもう怖い。逆に怖い。なんか後からくるタイプの追撃ありそう。

 あの目、完全に「観察中」ってやつじゃん! このままじゃ俺、怪しすぎて調査対象の男に昇格しそうなんだけど!?


 その後、リリアが団長から「基礎体術を教わりましたー!」って楽しそうに戻ってきたけど、俺はもう胃の心配でそれどころじゃなかった。


 こうして、俺の『護衛任務中は目立たず静かに』計画は、またひとつ音を立てて崩れていったのであった。


 ……ていうか、なんで勝っちゃったんだよ俺えぇぇぇぇぇえ!



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