第44話 バイオリン製作その3

バイオリンの製作開始から1年が経ち、ルーカスこと俺は今日も表板を削っている。

先日、どの部品も満足のいく出来ではなかったが、とりあえずは全部品を一通り作り上げて、試作1号として一台組み上げてみた。


どんな音がするのだろうか。少しわくわくしながら、お嬢が弾くのを待った。

バイオリンの完成品を見たことも聞いたこともない俺には、バイオリンの完成品の音色を知らないので、想像することしかできない。なんとなくリュートの延長線上にあるのだろうという推測はできるけどな。

でもその試作機をお嬢が弾いたのを聞いた瞬間に、この試作機はバイオリンではないと分かった。リュートで3カ月経ったときに作った最初の試作機、今思えば完成品から考えると楽器と言い難いレベルだったけど、それでもお嬢の奏でた音には感動があった。


1年かけてやっとできたバイオリン試作機の音は、聞けたものじゃなかった。

お嬢の奏でた音を聞いて情けなく思った。お嬢にあんな音を出させてしまった自分に。

お嬢は必死に表情に出さないようにしていたけど、もう長い付き合いだ。それくらい分かる。お嬢は何も言わずに優しく見守るような瞳でこっちをじっと見ていた。すごい失望させた。それがすごく悔しい。

次はせめてまともな音が出るのを作ってみせる!



さらに1年が経った。


――ガリガリガリ


今日も俺は表板、裏板を削っている。

ネック、指板、ペグ、エンドピン、テールピース。どれも大事だけど、やっぱり音を出すのに一番重要なのはボディだ。

そして、その一番大事な表板と裏板が一等難しい。


大きなくびれがある形状。グラデーションのある厚さ。リュートの表板と違って、平らな板ではない緩やかなドーム状なフォルム。そんな表板の一番薄い部分に”f”の字を刻み彫っていくf字孔。そのどれもが音に大きく影響して、どれもが難易度が高い。

裏板もf字孔が無いだけで、使う材質を考えると表板と同じくらい難しい。

最終的にはブリッジや魂柱の調整が大変になるのかもしれないけど、製作という意味では表板がf字孔がある分、やっぱり表板が一番難しくてキツイかな。


と俺はさっきまでそう思っていたんだ。

だけどそれは間違いだった。


一番難しいのは表板なのは変わらないかもしれない。

でも一番キツイのは裏板だ。

それはなぜなら、先程お嬢が工房に来て、こう言ったんだ。


「裏板の最低限の練習はできたみたいね。じゃあ、今日から裏板は地元のオーク材ではなく、翠谷地方ヴェーデル産のメイプルを使って練習していくわよ。」


は?

お嬢が言うには、リュートと違ってこれ以上は、バイオリンの裏板はオーク材を使った製作では成長するのが難しい。できた裏板の性能の違いを理解するのは、ここから先は翠谷地方ヴェーデル産のメイプルでないとダメだと。


おい、丸太1本金貨5枚の翠谷地方ヴェーデル産のメイプルで練習しろってか。今まで練習用に使っていた地元産のオーク材は丸太1本銀貨5枚程度だったんだぞ。だから失敗を全く気にせず削り倒して、結果板を割ってこれたけど、金貨5枚はヤバいだろ。さっきまでの100倍だぞ!?しかもメイプルは木目が細かくて、彫るの難しいんだぞ!

でもな、お嬢は涼しい顔で


「気にするな。痛むのは私の財布だけだ」


って言いやがった。

おい、気にするに決まってるだろうが!俺の給料3か月分だぞ!?

くそっ、まじかよ。狂ってやがる。

親方はそれを聞いて泡吹きそうだったけど、俺が泡吹いて倒れたかったよ。カティはすっごいかわいそうなものを見る目で俺を見ていた。

くっ、他人ごとだと思って。

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