第47話 宿命の対決

見たこともない楽器とメロディの噂を聞いた珍しもの好きな国王夫妻は、早速それを聞くべく噂の音楽家を召喚しようとしたが、それには宮廷楽師団が大反発した。海のものとも山のものともつかぬ者の音を、国王のような高貴なお方の耳にいれるべきではない。そのような下賤な者を招くべきではないと。

「我らが国王陛下の耳を楽しませる」と主張し、その場で宮廷楽師団は新曲を見事に披露し、国王夫妻をいたく喜ばせたそうだ。

国王はその宮廷楽師団のパフォーマンスに満足し、一度はその噂を切り捨てた。


しかしその噂は止むどころか、更なる大きなうねりとなって王都に押し寄せた。

その噂が繰り返し耳に入るため、国王夫妻はどうしてもその音楽を聞きたいと思ってしまった。


「よき芸術は身分によらぬものだ。朕は聞きたいぞ。たとえ誰が奏でようと、噂に聞く音楽が真の音楽であればな。」


それは宮廷楽師団の耳にも入っていた。宮廷楽師団はこれ以上の引き留めは難しいと感じ、「我らの音楽と聞き比べて欲しい、化けの皮を剥いで見せる」と国王に願い出たところ、国王にそれは面白いと承認された。


国王夫妻は噂の出元であるヴァルデックを治めるヴァルデック伯爵を王宮に召喚すると、噂の音楽家を王都パリスに連れてくるように命じた。普通であれば王の求めとあれば大抵のことは断らないのだが、これには困ってしまったヴァルデック伯。

その様子が普段は果断で忠実な普段のヴァルデック伯らしくない、と不思議に思った国王はヴァルデック伯に尋ねた。


「伯爵は、その新しい音色を聞いたことがあるのか?」


「……はい。」


「ふむ。噂では場末の酒場で吟遊詩人やら、色町の片隅で小銭を稼ぐ下賤の者だとか、はたまた湖のほとりで天女のごとき貴婦人が演奏しているなどといろいろな噂がある。だが伯爵が演奏を直に聞いたとあれば、近寄るのもけがわらしいということはあるまい。それなら王宮に招いても構うまいな?」


と国王は横にいる宰相にかけあった。


「詳しくは伯爵に聞かねばなりませぬが、伯爵が目の前での演奏を許したとあれば、そこまで酷いことはありますまい。」


「で、伯爵は何を困っておる。もしや、その音色を独占するつもりではあるまいな?それとも噂は真っ赤な嘘で、朕が聞くような音色ではないと申すつもりかな?」


宮廷楽師団もこの会見には同席していたのだが、このやりとりを見ていた宮廷楽師団の面々はなにか嫌な予感がした。そういえばこれまで王宮楽師団は、噂の天才音楽家とやらに対して、どこの馬の骨とも分からぬとか下賤な者とか散々けなしてきた気がする。


「そのようなことは滅相もないことですし、噂が真っ赤なうそというようなこともありませぬ。ありませぬが……」


「が?」


伯爵はほとほと困っている様子だったが、最後には心を決めたようだった。伯爵は額の汗を白いハンカチで拭きながらこういった。


「恐らくその噂の主とは、私の娘なのです。」


一瞬の沈黙のあと、


「……は?」「は?」「は?」


これには国王夫妻も宰相も完全に予想外だったらしく、揃ってすっとんきょうな声を挙げた。

そして思い当たる節がある宮廷楽師団たちはうめき声をあげた。そして思わずこぼれる「あのご令嬢か」という言葉。その発言を国王は聞き逃さなかった。


「お主ら知っておるのか?」


その言葉に、現在の宮廷楽師団にて若きリーダーを務めているルートヴィヒ・フォン・シュヴァルツェンベルクが前に進み出て言った。


「はい。心当たりがあります。

あれは約6年前になりますでしょうか。

伯爵が先程娘とおっしゃられた件の令嬢である、エリーザベト嬢の12歳の誕生パーティーの余興を頼まれ、ヴァルデック伯のお屋敷に招かれたことがありました。」


周りの宮廷楽師団もその時のことを思い出しているのだろう。目を瞑りながら頷いている。


「我らが一曲を演奏すると、当然のことながら会場中から大歓声を浴びました。

しかし、そこでエリーザベト嬢の侍女がぽつりと『お嬢様の方が素晴らしいわ』と一言零したのを、私は聞き逃しませんでした。お恥ずかしいことに当時はまだ若かったために、それを聞き捨てることができなかった私は、その発言が許せませんでした。」


「気持ちはわからんでもないが、侍女の身内贔屓に少し大人げないかもしれぬな。ただ誇り高くあってほしい我が宮廷楽師団の一員としては、嬉しく思う。」


そんな国王の言葉に、恐縮しながらルートヴィヒは話を続けた。


「それでそこではひと悶着あったのですが、最終的には『侍女が素晴らしいという、令嬢のその演奏を聞かせて貰えば矛を収める』ということになりました。」


「あんときゃ伯爵の目の前で、ご令嬢に何を喧嘩売ってやがるんだって焦ったぜ」と後ろから他の宮廷楽師がボヤく声が聞こえ、国王夫妻もそれを聞いて笑っている。伯爵だけはこの後の展開を思うと、笑う気になれなかったが。


「そこでそのご令嬢は、リコーダーで我らや誕生パーティに集まった来客の前で、見事なソロ演奏をしてみせました。技術的には拙い部分がないとは言えませんでしたが、その当時まだ御年12歳でありながら、我らの前で物怖じせずに、情感たっぷりに演奏しきったのは、見事というほかありませんでした。」


「ほう、お主がそこまでいうか。」


「はい。しかもそれは未発表曲というおまけ付でした。お陰で私は白旗を挙げざるをえず、大勢の前で令嬢の侍女に詫びをいれる羽目になりました。」


とルートヴィヒが降参とばかりに両手を挙げて笑いながら話すと、国王たちもどっと笑った。「それは朕も見たかったな」と。しかしそこですっとルートヴィヒは顔を引き締めた。


「国王、先程の対決の決定はまだ有効でしょうか。

私はあの時のことを片時も忘れたことはなく、屈辱とまではいいませんが、私が敗北を認めたのもまた事実。そして音楽のことでは、負けたままにしておきたくないとも思っております。あのエリーザベト嬢であれば、相手にとって不足はなし。真っ向勝負を挑みたく、その機会をいただきたく存じます。」


後ろに居並ぶ宮廷楽師団も全員が同じように頷いた。

国王はそれを「そうか。それは朕も楽しみである。これは是非とも開催せねばならぬな」と大きく頷いて、宰相に開催を指示した。


伯爵はその様子を見て、口を挟める空気にないことを感じ、盛大なため息をついた。

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