第32話 製粉所の売却

製粉所を開業してから1年間が経った。

そして今私はカティを連れてパパの執務室に来ていた。パパの横にはスチュワートがおり、壁際には執事長が直立して、私たちを見守っている。

製粉所の一年間の帳簿と要点や注意点をまとめたレポートを、私はカティにお願いしてパパの机の上に提出させた。


「お父様、スチュワートから聞いておられると思いますが、1年間の記録とともに精白小麦の事業を製粉所ごとお父様に売却したく思います。」


「うむ、分かった。で、いくらだい?」


「本来なら金貨750枚ほどの価値があるかと思いますが、お父様には500枚でお譲りしたいと思います。その代わり、ヴァルトバッハ村の小麦はこれまで通りの価格で購入していただけますか?」


「良いだろう。しかし欲が無いな。私が父親である点を差し引いても、もう少し吹っ掛けても良いのではないか?」


「今年1年間で既にある程度の売却益は得ましたし、この事業は模倣がしやすく、段々と利益が先細りする可能性が大きいです。それに元はといえばお父様のお金です。多くを望むのはよくないと思いました。」


「ふむ。まぁ私としても安く買えるのならば文句はない。変に安売りするなら注意しないといけないかと思ったが、そこまで考えているならいいだろう。スチュワート、あとのことは頼んでよいか?」


「はっ、かしこまりました。」


「さて、今日はお祝いだな。リーザの新事業の成功を祝してな。」


「はっ、かしこまりました。そうかと思い厨房に準備はさせております。」


それまで壁際に直立したまま無言だった執事長は、今はうやうやしくパパと応対しているわ。今日はごちそうね、楽しみだわ。と、思わずにこにこしていたら、執事長にちらっとこちらを見られて、おだやかに微笑まれてしまったわ。

ちょっと恥ずかしいけど、これは私の好きな食べ物が期待できそうね。




パパとママとレーテ姉さんと私の4人でお食事会。

キャー、仔羊のローストがある。しかもふんだんに胡椒が使われているわ。それにあれは生ハムかしら。ノルドウェイ産のスモークサーモンもあるわ。あれも美味しそう。ヴァルトバッハ村のチーズもあるわね。精白小麦で作った白いパンやスコーン、新鮮なバターにクロテッドクリーム。最近ヴァルトバッハ村ではバターも少しだけ始めたから、それを使って焼いたパンケーキに生クリームもあるわ。


パパたちは執事長にワインを注がれているわ。私はカティにヴァルトバッハ村が誇るぶどうジュースを注いでもらって乾杯よ。


「乾杯!」


パパの音頭で食事会が始まるわ。本当はカティとも一緒に食べたいけど、わがままは言えないわね。それにカティはもともとこうやって私の世話を焼くのが好きみたいだから、たまにはいいのかもしれないけど。


さーて、どれもこれも本当に美味しそうだわ。

さっそく仔羊のローストをカティにとってもらって食べる。うーん、これはいい仕事してますね!カティ、次は生ハムとチーズよ!白いパンにのせて……ああっ、これも美味しい。次はスモークサーモンとチーズでどうかしら?

ってしていたら、カティがやや呆れたようにこちらを見てきたけど、仕方ないじゃない。もうどれも美味しいんだから。と舌鼓を打っていたらパパが、


「リーザ、そういえば新しい楽器とやらはどうなんだ?」


と聞いてきた。「まだもうちょっとかかりそう」という話をすると、レーテ姉が


「新しい楽器じゃなくていいから、またあのリコーダーを聞かせてよ。

でもそういえば、リーザがあんなに笛が上手いなんて、いつの間に練習してたの?全然知らなかったんだけど。うちに音楽の先生なんて来たことあったっけ?」


ぎくっ。あれ、どうしよう。理由が……あわあわあわ。


「えっと……よく分からないけど、気付いたら吹けるようになっていたわ。もしかすると私って音楽の天才なのかも?」


なんとかごまかしてみたけれど、通じたかしら。

考えてみればバイオリンを再現しようとしている、この世界から見れば無からバイオリンを作っている時点で大概なのだし、大天才くらいでちょうどいいかもしれないわね。そうよ、そうに違いないわ。


「ふふん、私は大天才〜♪」と口ずさんでいたら、カティから冷ややかな目で見られたわ。


あら、カティ。ご主人様にそういう目をしてはいけないわ。そういう目をしていると、


「そういえば、カティもリコーダー練習してるんでしょ? いつか二人で演奏してよ。」


とレーテ姉からこんな風に流れ弾が飛んできてしまうかもしれないわ。


「え、私ですか!?そんな、私は人前で吹けませんって!」


カティは給仕の手を止めて、慌てて手を左右に無理だと懸命にアピールした。でも、そこをママが


「楽しみね、私もカティの笛も聞きたいわ」


「じゃあ、今度はカティの演奏会だな。」


とパパがさらに悪ノリする。


「ふえ~ん、許してください~。」


とカティが半べそをかいて、みんなが大笑いした。

でもカティ、近い未来にそれが実現しちゃうかもしれないわよ?

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