弦楽器のない異世界で、バイオリンを再現して音楽界に革命を起こす!〜私が奏でるは、この世界にまだ無い音〜
崖淵
転生と演奏
第1話 私はあなた。あなたは私。
「お嬢様、リーゼお嬢様。朝ですよ、起きてください。」
「ん、ううん。んー?」
えっ!?ここはどこ?見たことのない天井、見たことのない調度品。
この人は誰?見たことのない人がなんで私の寝室にいるの?というか、見たことのない部屋なのにここは私の寝室なの?
この人はカティで、私付きのメイド…?私が物心ついた時からずっと私を見てくれている人…?
「カティ?」
「はい、カティですよ。リーゼ様、おはようございます。今日は4月1日。お嬢様の12歳のお誕生日会の日ですからね。準備もありますから、そろそろ起きてくださいね。」
12歳?リーゼ?
私は
ううん。私はエリーザベト・フォン・ヴァルデック。ヴァルデック伯爵家の娘よ。
えっ、どっちが私?
「カティ、鏡を取ってくれるかしら?」
『はい、お嬢様』と手鏡を渡してくれた。
朝日に照らされて光を帯びるブロンドの髪に、湖のように澄んだ青い瞳の少女。
華奢で透き通るような肌。
これが…私?私…かも。でも私は黒髪だった…はず。
あなたは私。私はあなた。
ううん、これは何?二人の記憶が頭の中でせめぎ合っているわ。
「お嬢様。早く着替えてしまってくださいね。もうすぐ朝ご飯の時間ですからね。それともお着替えをお手伝いしましょうか?」
カティが笑っている。記憶が混濁しているけど、とりあえず朝ごはんを食べなくちゃ。コルセットをするならカティに手伝ってもらうけど、朝食だけならとりあえずいいわよね。
青いリネンのチュニックに手を通す。
「痛っ…くない?」
えっ、私の右手首は重度の腱鞘炎だったはず。…いや、それは藤原奏の記憶で、この身体はエリーザベト。もしかして…
私はまるでそこにあるかのように左肩にバイオリンを乗せ、あごをそっと固定。そして右手で弓を握るように持ち、バイオリンに添える。しばしそのままの姿で止まったままのあと、ゆっくりと右手で弦を滑らせるように弓で宙をなぞる。
「痛く、ない…。左手の指も、自由に動く…。私は、もしかして、もしかしてもう一度バイオリンが弾ける…?」
頭の中ではビバルディの四季・春*が流れていた。
私の鼓動が速くなるのが分かった。
(参考:https://www.youtube.com/watch?v=Go8EGgiGXmY)
私は藤原奏、21歳の音大生バイオリニストだった。プロになる夢をもち幼少期より練習を重ねていて、いくつかのコンクールでも受賞歴がありソロバイオリニストとしてプロデビューをする予定でいた。しかし長年の練習過多のツケがたたり、腱鞘炎になってしまっていた。でも卒業コンクールや海外のコンクールを控えており、腱鞘炎の影響が最小限になるようだましだまし練習していたところ、更に音楽家ジストニア(指が思い通りに動かなくなる)を発症してしまった。腱鞘炎に加えてジストニアまで発症して――もう、バイオリニストの夢を諦めるしかなく、私は人生に絶望していた。
でも弾ける。もう一度、私はバイオリンが弾ける。
「お嬢様…。」
カティは思わず息をのんだ。カティにはリーゼお嬢様がバイオリンを宙で弾く姿が、まるで天使が光の中で戯れているかのようにとても神々しく見えていた。
…
…
―――ドンドンドン!
そこで自室のドアが激しくノックされて静寂が打ち破られ、リーゼのエア演奏会は幕を閉じた。
―――カティ、何してるの!リーゼお嬢様の着替えは済んだの?皆さま、席でお待ちよ!?
はっ、しまった!
「ごめんなさい、すぐ行くわ!」
思わずドアの外に大きな声で返答した。私が直接返答したせいか、ドアの外のメイドは恐縮したような様子だった。
「カティ、簡単に髪を整えてもらえる?」
私は手早くチュニックを着るとドレッサーの前に腰掛ける。するとカティは手早く私の髪を整えてくれてリボンを結んでくれた。
そしてダイニングホールに向かう間に、ヴァルデック伯爵家の概要を思い出す。ヴァルデック伯爵家は由緒ある家柄。パパは王国でも名高い貴族で、ママは今もその美しさで人目を引く。私には兄が二人と姉が一人いて、私エリーザベトは4人兄弟の末っ子。兄二人は成人していて王都で騎士団に勤めているので、この実家には不在の事が多い。
ダイニングホールに足を踏み入れると、ヴァルデック家の隆盛を物語る大きなガラス窓に朝日が差し込んでいた。壁には歴代当主の肖像画が並び、年季の入った暖炉がヴァルデック家の歴史雄弁に語っていた。この暖炉、まるで16世紀の西欧の宮廷を思わせる趣があるわ。音大の講義で見た古い楽譜の挿絵のよう…。こんな場所にいるなんて、まだ信じられないわ。
パパとママと姉が既に席について待っていたので、気持ち急いで席に着いた。
「パパ、遅れてしまってごめんなさい。今日のお誕生会のドレスを迷っていたらいつの間にか時間が経っていたの。」
パパが笑い、ママが微笑む。姉のマルガレーテもクスクスと笑っている。でも温かな笑いで、リーザは家族から愛されているようだ。
「じゃあ、食べようか。いただきます。」
家長たるパパの言葉で朝食が始まる。白みがかった茶色いパンにソーセージ、それからボイルドエッグなどなど、とても4人では食べきれない量の色とりどりの食事が、長テーブルに所狭しと並ぶ。日本人だった記憶からするとさすが大貴族といったところかも。
私たちの食べ残しは、メイドさんをはじめとした館に仕える人が食べるみたいだから無駄にはならないみたいだけどね。
食べてみると現代日本とは比べるべくもないものの、案外悪くない。良かった。ご飯が美味しいのは正義よね。
「さて今日はリーゼの誕生会だな。予定は頭に入っているよな?ドレス選びに迷い過ぎて遅れないようにな?」
手元のナプキンで口元を拭きながら茶目っけたっぷりにパパが言った。そういう姿ですら様になってる。うちのパパかっこいいね。
「はい、もう遅れません。」
とにっこりと笑って答える。パパはそれに満足したのか、一言二言ママと会話すると執務室で仕事をすると言ってダイニングホールを出ていった。
私もお腹いっぱい食べたので、自室に戻る事にする。お誕生会のドレス選びももちろんだけど、早く記憶の整理をしてバイオリンをこの手にしたいわね。
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