第1章

(1)はじめてのゼミ

 わたしは大学2年生になった。この日は新年度第1回のゼミの開催日。ゼミというのはゼミナールの略称で、「演習」という名前でよばれることもある。担当者が受講者に向けてはなす形式の講義と異なり、ゼミでは報告者のレポートをたたき台に、参加者全員が自由に議論する。わたしも2年生になり、ようやく念願のゼミに参加できる。


 わたしは西本先生の「統計分析」のゼミをえらんだ。西本先生のゼミの配当年次は2年生〜4年生で、すべての学年が一緒になって議論する。このゼミの最大の特徴は、「野球データ」を統計分析の素材として扱うことである。西本先生はこの業界のちょっとした有名人で、一部の学生から熱狂的な支持があるらしい。わたしは幸運にも参加できることになった。


 ゼミの教室は講義棟にある学生研究室。この学生研究室は各ゼミ専用となっていて、ロの字状に折りたたみの机と椅子が並べられている。また、自習用の机も設置されており、基本的に講義棟が開放されている時間であれば自由に利用できる。わざわざ図書館まで行かなくても自習できる場所ができたことがちょっとうれしい。もっとも、自習しているとゼミのメンバーからしばしば「お誘い」があるらしいのだけれど。


 わたしが学生研究室にきてみると、すでに10名弱の参加者が向かい合うように座っていた。予想していたこととはいえ、女性はわたしひとりだけのようだ。窓際の席に座り、ノートパソコンの準備をしていると西本先生が登場した。


 先生はまず簡単に自己紹介したうえで、このゼミでは野球で起きているさまざまな現象の統計データを確認し、その現象の要因について仮説をたてて検討する、という説明をした。毎回、ひとりの報告者が選んだテーマについて報告し、その後、参加者全員で自由に議論することになる。


 そしてもう一つ、このゼミのおもしろいところは、いつもの自分だとなかなか自由にものがいえないことがあるので、ゼミの中だけで「ゼミネーム」をつけることだ。普段の自分と異なる「別人格」となることで自由にものがいえるはずという西本先生のアイディアだ。つけるゼミネームにルールはないけれど、野球データを扱うゼミだけに参加者は自分の好きな野球選手にちなんだ名前をつける場合が多いそうだ。


 先生がゼミネームについての説明を終えたとき、参加者のひとりが質問した。先生の名前もゼミネームなのか、と。先生は笑いながら、自分の名前は「本名」だと説明した。そして、子どものころ、同じ名字のプロ野球監督がいることがうれしかった、とつけ加えた。

(つづく)

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