9話 ミア「怪物退治」

「ヨロイさんっ!」


 死を纏う大熊の一撃が彼を直撃してしまった。草木を突き抜けて、ヨロイさんが彼方へふっとばされる。

 最悪の予感が過るけど、それに支配されるわけにはいかないわ。

 大丈夫、きっとヨロイさんは無事…よく分からない人だけど、普通の人よりずっと強いもの。


「いまの攻撃…あいつの腕が青白く光っていたわ」

「たぶん、衝撃の魔法や……」

「アムっ!?無事だったのね!」

「ヨロイの兄さんが、ギリギリでアムを投げ飛ばしてくれたんや」


 もしアムがあの攻撃に巻き込まれていたら、その余波だけで壊されていたかもしれない、本当に良かった。


「なあ姉さん、動物って魔法使えるんか?」

「……ずっとずっと昔、人間以外に魔法を使う生き物がいたらしいわ。けどそれは、伝説の存在のようなもの。今の動物が使うなんて私は知らないわ」


 千年は昔、今はもう失われたその時代を語る伝説に、その存在は伝えられている。

 それらは魔物と呼ばれ、人類と大きな争いを起こしたらしい。

 長い闘争の末に人類は勝利し、魔物は根絶された……それが今の私たちに朧気ながら遺されてきた、遠い記憶。


「じゃあ、あのクマさんは全くの正体不明ってこっちゃな」

「そういうことよ。ねえアム、危険なことだけど…ヨロイさんを探しに行ってくれないかしら、彼の助けが絶対に必要なの」

「うん、まかせえ!なんとなく、兄さんの気配がわかるで!」

「ありがとう、お願いね」


 アムの言葉に少しだけ安堵する。

 アムがヨロイさんの気配を感じるということは、少なくとも彼はまだ生きているという証拠になるのだから。


(衝撃波の魔法、それを咆哮と共に放てば矢を墜とす盾に、爪とともに振えばヨロイさんすら吹っ飛ばす矛になる…厄介極まりないわね)


 万力の鞭バイス・ウィップで締め付けるのは、きっと有効なはず。問題はどうやって鞭を巻き付けるか……。


「ブオオオ!!」

「ああもうっ考え事してるのよ、こっちは!」


 ジャケットから魔法珠を取り出し、突っ込んでくる怪物熊相手に投げつける。

 それを警戒した奴は矢と同じように衝撃波で撃ち落とそうとしたけど、それは迂闊だったわね。


 珠に込められていたのは、音。

 害獣対策としてもよく使われる音珠が、至近距離で炸裂して大熊の突進を食い止めた。


「皆さん、援護をお願いします!」


 再び放たれた矢と魔法の嵐が、今度は阻まれることも避けられることもなく命中した。


「ヴオ!!」


 確かに矢は肉を貫き、風や岩が毛皮を切り裂いたけけれど、やはりまともなダメージになった様子はない。


 それでも。


「隙はできた…貰ったわ!」


 大熊の背後に回り込んで、右の足へ鞭を巻きつけた。

 あとはこれを思い切り締め付ければ、確実に機動力は削げる。


「…え?」


 そう考えていたところで予想外のことが起きた。

 巻き付けた鞭は大熊を引っ張り、私の遥か後ろまで放り投げてしまった。


(万力の鞭バイス・ウィップの締め付ける力と引っ張る力は均等の割合で発揮されるはず。ということは、アイツは締め付ける力に耐えたって訳ね……)


 通常の野生動物相手なら、たとえクマが相手だとしてもそんな事は起こらない。


「いよいよ昔話の魔物みたいね、頭が痛いわ…」


(さて、そろそろお手上げかしら。手持ちの道具でこの状況を打破できそうなものって何かあったかしらね)


 今欲しいのは相手を怯ませる効果ではなく、相手にダメージを与えられる何か。

 私が使える魔法だと正直効きそうにないし……。


「しょうがないわね」


 苦肉の策として、手近な大岩に鞭を巻きつけて即席のハンマーを作る。

 大質量で殴りつければ多少は効くかもしれないわ。


「ブオオオオオ……」

「生意気な反撃を食らったからお怒りかしら、ごめんなさいね」


 心無い謝罪が気に障ったのか定かではないけれど、対峙する大熊は再度突進を敢行した。


「このっ!!」


 タイミングを合わせ、大岩でクマの横面を思いっきり殴りつけた。


「ヴエエ!」

「ぐっ……」


 完璧なタイミングで打ち込んだハンマーは、それでも相手を倒すには至らなかった。

 ダメージはたじろぐ程度で、大熊は鬱陶しそうに多岩を破壊した。


 すでに向こうにとっては至近の距離。次飛びかかってくれば、私の命はない。

 それでもこの状況で、私は危機感を覚えなかった、


「ありがとう、余計な行動をしてくれて」


 もしあなたが岩を破壊せず、真っ直ぐ向かってきていたら話は変わっていたかもしれない。

 でもそうしなかったから、私は助かるという確信を得たわ。


 熊が私に飛びかかるその寸前、衝撃が私を怪物から守った。


 遠くに見えるのは、地面に拳を突き立てたヨロイさんの姿。


「ありがとう、ヨロイさん」


 私の不思議な、用心棒さん。


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