PCU-01-11 普通の家族
期限を過ぎた翌日、システムから通知が届いた。
『未選択のため、自動処理されました』
簡素な文字が、スマホの画面に淡々と並ぶ。
選ばなかったのではなく、選べなかった。
たったそれだけのことなのに、世界から置いていかれたみたいに、胸が苦しかった。
晴翔は何も責めなかった。
ずっと変わらず、そばにいた。
その優しさが、余計に達希の心を締め付けた。
「もう、いいよ。僕がいるよ」
晴翔は静かにそう言った。
あの日、玲が去ったあのカフェ。あのときの、答えが出ないままの想い。
もう、ここで終わらせよう。
そう思った瞬間だった。
インターホンが鳴った。
こんな時間に誰だろう、と玄関の扉を開ける。
そこに、息を切らした玲が立っていた。
「……遅ぇよな。わかってる……でも、どうしても言いたかった」
玲はポケットから、ぐしゃぐしゃになったメモ用紙を差し出す。
震える手で、必死に握りしめていたそれ。
「俺のを……産んでほしいって、言いたかった」
短い、でも絞り出すような声。
泣きそうなのに、必死で堪えている顔。
遅すぎた一言。
達希は、何も言えずその場に立ち尽くした。
そんなとき、スマホが震える。
画面には、新しい通知。
『あなたのペア登録は自動確定されました。
お相手:結城 晴翔
契約は本日より正式に有効となります』
無情すぎるタイミング。
まるで世界が、皮肉みたいに選択を代行してしまった。
玲は達希の表情と、スマホの画面を一瞥した。
一瞬、何かを飲み込むように笑った。
「……そうだよな。知ってた。お前、優しいから、きっと……」
玲の声は、そこでかすれて途切れた。
達希は何も言えなかった。ただ、玲の手からメモ用紙を受け取ることしかできなかった。
1ヶ月後
システムが用意した部屋は、必要最低限の機能しか備わっていなかった。
交配のためだけに設計された空間。
白く無機質な壁。消毒液の香り。
そしてベッド一つ。
そこに達希と晴翔は入っていった。
手をつないでいるわけでも、笑い合っているわけでもない。
ただ、義務のように淡々と。
「……これが、家族になるってことなんだね」
晴翔は、少し冗談めかしてそう言った。
いつものキラキラした笑顔は、そこにはなかった。
達希は返事をしなかった。
答えがわからなかったからだ。
晴翔は何も言わず、ただ手を差し伸べてきた。
達希はその手を取るしかなかった。
心はまだ玲の声を探しているのに、身体はもう後戻りできない場所へ向かっていた。
二人の体がベッドへと沈んでいく。
晴翔の熱が達希の中へと静かに広がっていった。
システムの通知は、数秒のズレもなく届く。
「受胎確認済」
機械的な文字列が、彼らの新しい関係を決定した。
◆玲 side
スマホに通知が届く。
『新規マッチング候補のお知らせ』
名前も知らない誰かのプロフィールが、画面に浮かび上がる。
選べなかった、選ばれなかった、自分に。
何も抗えない現実に。
玲はスマホの画面を伏せた。
そしてまた別の日。
同じように新しいマッチングの知らせが来る。
その度に玲は『拒否』を押し続けた。
あの日、選択を間違ったのは自分。
もう二度と後悔しないために、ひたすら『拒否』を続ける。
赦してもらおうとは思っていない。
ただそれは、システムへのわずかな抵抗だった。
毎日送られてくるマッチング。
『拒否』をするのも慣れてきた頃だった。
ピロン、といつものチャイム音。
「またか……しつけーよ」
いつものように『拒否』ボタンに指を伸ばした——その瞬間、目を疑った。
『次回マッチング候補 No.56893 出産義務組:髙月達希』
「は?」
画面を見つめたまま、玲は一度だけ笑った。
短く、吐き捨てるように。
「ふざけんな……」
けれどそれでも——拒否ボタンには、指を伸ばさなかった。
それが最後の抵抗であり、最後の希望だった。
数ヶ月後。
玲は達希と「結婚」した。
法的には、晴翔と達希の家庭に「新たな父親」が加わった形になる。
珍しくもない。この世界では、そんな家族は無数にあった。
三人で暮らす家は、こぢんまりとしたマンションの一室。
子供の泣き声が響き、ミルクの匂いが染みつく。
夜は寝不足、昼は手分けして仕事。
愛とか夢とか考える暇なんて、とうにない。
「こんなのが、家族かよ……」
玲はボヤくたびに、達希の肩に額を押しつけた。
達希はその度に、肩越しの向こうで遊ぶ晴翔と子供を見て、曖昧に笑った。
「でも、ほら。俺たち、意外と幸せそうじゃない?」
玲は鼻で笑った。
「それより達希……」
「ん? 何?」
「お前さ、まだマッチングアプリ使ってんの?」
達希は少しだけ肩をすくめ、俯いた。
「もう使ってないよ」
「でも、俺のマッチング相手……お前だったろ」
「ああ。……実は、ダメもとで指名してたんだ」
「は?」
「システムに直接、玲のIDを入れて。晴翔と一緒でも関係ないんだってさ。妊娠さえすれば、マッチング成立って扱いになる。結局、増えりゃいいってだけなんだよ、この世界」
玲はしばらく黙って、そして小さく鼻で笑った。
「……マジでふざけてんな」
二人は並んでため息をつき、笑った。
ふと、玲が達希の方へ手を伸ばし、そっとそのお腹に触れた。指先は、そこに宿る小さな命を確かめるように優しく撫でる。
「システムの思うつぼだな」
「だな」
そのとき、隣の部屋からまた子供の泣き声がした。
達希が、ミルクの温度を確かめるように哺乳瓶を軽く振った。
玲はその姿を横目で見ながら、ぽつりとこぼした。
「……まあ、悪くねぇよ。今のところは」
窓の外には、どこまでも同じ空が広がっていた。
その下で、世界は今日も淡々と回り続けている。
Pink Capsule Universe 01:君と僕の子供たち
<完>
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