第26話 ――何を守りたかった?

朝の光が山々の稜線をなでるように村を照らしていた。小鳥のさえずり、木々のざわめき、遠くで村人たちの笑い声が響く。

 その中で、健司とライクは小高い丘の上に立っていた。


 昨日、再会した元仲間たちはそれぞれ村に馴染もうとしていた。だが、健司にはまだ心に引っかかるものがあった。


「……ライク。ちょっと話せるか?」


 ライクは少し驚いた顔をして、頷いた。


「いいぜ。あの頃みたいに、ストレートに来るな、お前は」


 二人は並んで歩きながら、村の外れまで出た。風に揺れる草花の中、健司は立ち止まった。


「ライク。この村が、王国にとって、何か特別な意味があるのか?」


 真正面から向けられた問いに、ライクはしばらく無言だった。そして、ゆっくりと帽子を取って、風にさらした。


「……ああ、あるよ。正直、言わなきゃならないと思ってた」


 彼の表情からは冗談も軽さも消えていた。


「王国はな、この村の存在を“資源の拠点”だと考えてる。山から湧く魔力の泉、地脈に近い特殊な構造、そして――健司、お前の存在そのものだ」


 健司は、静かに息を飲んだ。


「俺の……存在?」


「お前がこの村にいる。それだけで、王国は“再起の旗印”として利用できるって踏んでる。逃げた王を捕らえて、民に裁かせる。それだけで連中は正義を演じられる。逆に言えば、王国がもう一度権威を取り戻すには、お前の『失敗』が必要なんだよ」


「……そういうことか」


 健司は風を感じながら、目を閉じた。


「でも、それだけじゃないな。村そのものが欲しい。人も、土地も、全部……」


「そうだ。ここは、魔導士会も目をつけてる。何も知らずに暮らしてる村人たちは、すでに“資源”として目録に入ってるって話だ。だから、お前がここに来たって情報が流れた時点で、王は動いた。最初から、交渉じゃなく、制圧前提でな」


「……ひどいな」


 健司は吐き捨てるように言った。


 だが、ライクの言葉はまだ続いた。


「俺は、お前のことを思い出して、信じられなかった。そんなことをする奴じゃないって。でも、王国に残ってる人間は、もう“健司”じゃなく“前王”としてしか見てない。……だから、来たんだよ。自分の目で、お前を見たかった」


 風が吹いた。二人の間に沈黙が落ちた。


「……俺はさ、ずっと思ってた」


 健司が小さく呟いた。


「理想の国を作りたかったんだ。誰もが傷つかない場所を。でも、国っていう仕組みそのものが、誰かの犠牲で成り立ってるって……気づいた時には、もう何も信じられなかった」


「だから逃げた?」


「違う。逃げたんじゃない。……守りたかったんだよ。人の心を」


 ライクは、ふっと息を吐いて笑った。


「……らしいな。お前は、昔からそうだった。人のことばっか考えて、自分のことは置き去りで」


「でも、ここでは、少し変わったよ。アイリがいて、ルディオやカリナがいて、村の人たちがいて……初めて、自分のことを考える時間が持てた」


「……ああ。わかるよ」


 ライクは静かに頷いた。


「俺も、この村に来て思った。ここには、まだ“本当の国”ってのがある気がする。ルールじゃなくて、人の心が作ってる国だ」


 健司は笑った。


「……そんなふうに思ってくれるなら、ありがたいよ。で、王国にはどう報告する?」


「考え中だ。正直、今の王国に俺の居場所もねえ。でも、報告しなきゃ仲間たちが巻き込まれる。下手をすりゃ、王国軍が本格的に動く」


「……そうなる前に、手を打たなきゃな」


 健司は拳を握った。


「この村は渡さない。誰にも。戦わずに済むなら、それが一番だ。でも、誰かを犠牲にするくらいなら――」


「……戦うってことか」


 ライクは目を細め、そして微笑んだ。


「いい顔になったな、健司。王じゃなくて、一人の人間として、今のお前は強い」


 その言葉に、健司は少しだけ照れたように笑った。


「ありがとう。お前が来てくれて、よかったよ」


 風が、草をなびかせた。


 その音はまるで、過去の誤解も怒りも、すべて洗い流すようだった。

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