第6話 「君の愛は、村に咲く」
春の終わり、陽が長くなってきた夕暮れ時。
健司は丘の上に腰を下ろし、小さな村の広場を見下ろしていた。そこには、笑顔の輪があった。
子どもたちに読み聞かせをする赤毛の女性。その周りには村の主婦たち、若者、そして老人たちまでが集まり、柔らかく笑っている。
「……アイリ、すごいな」
思わず口にした言葉は、独り言だったけれど、胸の奥から自然にあふれたものだった。
昔のように、大声で指揮を飛ばすこともなければ、魔法で派手に場を治めることもしない。ただ、微笑みと温もりで、人々の心をほどいている。
「……僕にはできなかった」
かつての王として、武力で国をまとめた自分には、そんなふうに誰かの心に寄り添う術がなかった。
けれど、彼女にはできる。まるで、それが自然のことのように。
*
日が沈むと、夜の静けさが村を包み込む。
健司は、ふとんを敷いたままの縁側に座って、空を仰いだ。風に揺れる竹の音が、耳に心地よい。
「……ぼーっとしてると風邪ひくよ、健司」
アイリの声がして、健司は振り返った。白い上着に肩までの赤髪。魔女というより、村の姉さんと呼ぶ方が似合う姿だった。
「ん……ちょっとだけ、夜風を浴びたくて」
「ふふ、珍しい。昔は夜なんて、警備以外で外に出なかったのに」
アイリも隣に腰を下ろす。ふたり、並んで空を見上げた。
「……見てたよ。今日の広場」
「え?」
「子どもたちに本を読んで、村の女の人たちと花の手入れして……ああやって、自然にみんなと溶け合えるの、すごいと思った」
アイリは少しだけ驚いたように目を丸くして、それから静かに笑った。
「……ありがとう。でも、私、そんなにすごくないよ。ただ、誰かの手助けになればって、それだけ」
「それがすごいんだよ」
健司は素直にそう言った。
「僕には、できなかった。部下を守るのに必死で、ずっと一人で突っ走って……心を預けることなんて、考えもしなかった」
「そうだったね」
アイリの声には、どこか懐かしさと切なさが混ざっていた。
「でも、そんな健司だったからこそ、私たちは……支えたくなったんだよ」
健司はふっと目を細める。
「……昔から、アイリは僕のこと、全部わかってたな」
「当たり前でしょ。私、君の“側近”だもん」
「……お姉さん、じゃなくて?」
「うん、それも兼ねてるけど」
アイリはくすくす笑って、健司の肩に頭を預けた。昔なら照れて立ち上がっていたかもしれないが、今は不思議と、それを自然に受け入れられた。
「ねぇ、健司。今、幸せ?」
「……幸せって、言っていいのかな」
「いいんだよ。私も、幸せ」
アイリの声は穏やかだった。夜風のように、そっと寄り添ってくる声。
「君が生きてて、ここにいて……村の人たちに慕われて。私は、それだけで嬉しい」
「……ありがとう。僕、たぶん……君がいたから、生きていられた」
「うん、知ってるよ」
*
昔のことを、思い出す。
まだ戦場にいた頃、健司が倒れ伏した時、真っ先に駆け寄ってきたのがアイリだった。
彼女の魔法は、癒しと支援に特化していた。
だが、何よりも癒されたのは、その声だった。
『……大丈夫。君は、ひとりじゃないよ』
——そう、ずっと言ってくれていた。
*
「……僕さ、これから、どうしていけばいいと思う?」
「それを私に聞く?」
「うん。君がいれば、僕は間違えないような気がするんだ」
アイリはしばらく黙ってから、月を見上げた。
「私は、君が“愛”で生きるって決めたこと、正解だと思ってるよ。剣も魔法も必要だけど……君は、それをもう十分すぎるほど使った」
健司はそっと、アイリの手を取った。
彼女は驚いたように目を見開いたが、すぐに優しく微笑む。
「じゃあ、君と一緒に……ここで生きていく」
「うん、一緒に生きよう」
星が一つ、空を横切って流れた。
それを見上げながら、健司はもう一度、静かに言った。
「……ありがとう、アイリ」
「どういたしまして、健司」
その夜、ふたりは月が沈むまで、何も言わずに隣に座っていた。
言葉よりも、心が近くにある。そんな時間だった。
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