対談 Ⅲ




「つまり、『アルカナシリーズ』は他のダンジョン因子とは違う何かがある。んで、その『アルカナシリーズ』を持つ探索者を、『アルカナホルダー』って呼んでるってことだよね?」


「うん、そうなるね。正直、まだまだ情報は少ないからなんとも言えないんだけどね。ほら、ウチの〝魔女の饗宴〟って、クランとかには入ってないから。私だけじゃ調べられなくて。でも、もしも私が推測していた通りなら、二人が『アルカナシリーズ』持ちに現れる外見変化に驚いたりするかもだから、それはおかしくないんだよって伝えたくて、今日は時間をもらったんだ」


「あー、そうなん? そかそか、ありがとね、りおなん」


「ありがとうございます」


「いやいや、気にしないで! 推しに会えるっていうので私的にも美味しいから!」



 そう言われてもいまいち意味が理解できない流霞と奏星の二人であったが、しかし『アルカナシリーズ』やそのダンジョン因子については気になるところも多い。

 色々と調べるとなると、やはり人海戦術と言うか、手間と時間がかかってしまうため、こういう時にバックにクランがいるのはメリットとしては大きいのだ。



「クラン、ねー……」



 流霞と奏星の二人がぽけーっと虚空を見上げ、そうしてゆるゆるとお互いに向いて、目が合う。


 ――あり、じゃね?

 ――私は嫌じゃないけど……。

 ――ちょい雅に確認してみるから、るかちーはもうちょい探りよろ。

 ――わ、分かった!


 視線と顔の僅かな動きで会話する二人。

 ダンジョンで咄嗟の判断、意思疎通を求められるが故に、なんとなしに伝わり合うようになったのだ。

 そんな二人を見て、莉緒菜が「てぇてぇ」とぽつりと呟いていることに、流霞と奏星は気が付いていない。



「あの、鷺宮さん」


「莉緒菜でいいよ。敬語もいらないから。ほら、私は18だし、二人は高1ってことは今年16っしょ? あんま歳も離れてないし」


「え、あ、はい。じゃあ、私も流霞で――」


「きひ子ちゃんね!」


「なんでぇ!?」


「いやーあっはっはっ、あくまでも私は視聴者サイドっていうか、ほら。だから視聴者の呼び方に則った呼び方がいいかなってさ」


「えぇ……? というか私、配信でもルカって呼ばれてるのに……」


「カナっち以外にきひ子ちゃんをそう呼んでる視聴者、いたっけなぁ……?」


「っ!?」



 流霞にとっては衝撃ではあるのだが、残念ながらすでに流霞は〝きひ子ちゃん〟という呼び名が浸透してしまっているのは事実であり、配信でも名前を呼ぶのは少人数、あるいはゼロと言っても良い。

 なお、先日の〝天秤トラップ〟の際には奏星が「るかちー」と呼んでいたので、普段はそう呼ばれていることは周知の事実でもあるのだが、それはそれであった。



「それで、どしたの?」


「あっ、えっと、莉緒菜さんのところの〝魔女の饗宴〟はクラン、入らないの?」


「んー、入りたいとは思っているんだけど、なかなかねぇ……。ほら、ウチってアレじゃん? ちょっとイロモノ扱いされてる部分あるから」


「あー……」



 確かに、とは思うものの流霞はその言葉を呑み込んだ。


 探索者事務所であるクランの活動は、そのクランによってかなり方針が異なる。

 そういった方針を気にせずに、エンタメ性だけに特化させるような事務所もあるにはあるが、基本そういったクランはあまり本格的にダンジョン探索に力を入れていないところが多く、レベル3パーティが関の山といったところでもあった。


 世間的にも、『イロモノ系クランはレベル3パーティ以下。レベル4以上は真剣な探索者クランに入るべき』というような認識が浸透しているため、レベル4パーティとなった〝魔女の饗宴〟にかけられる声は、その後者寄りの事務所が多いのだ。



「ウチらも最初は衣装とかのお金だったり、そういうののために探索者になったけど、ダンジョン探索を繰り返す内に、積極的に進めていきたいって考えるようになったんだ。だから、イロモノ系のクランとかから声かけられても断ってた。でも、探索系のクランからは、『ウチに入るなら、その変な言動はやめてもらいたい』、みたいに言われるんだよね」


「え、そうなんですか?」


「敬語」


「あ……うぅ、慣れない……」


「あはは、まあ慣れてってね。――んと、実際そう言われるよ。やっぱデビューして2年でレベル4パーティって珍しいから、実力だけは評価している、みたいに言われたりさ」


「え……」


「偉そうに、って思うよね。でも、さっき色々言ったけどさ、ウチらにとってはあれはもう個性っていうか。どうせなら貫き通したいじゃん。意地だよね、意地。自分でも普通に振る舞いたいって思う一方で、他人に言われるとカチンと来て、そんなこと言われる筋合いはないって言いたくなるし」


「あー……、なんか分かるかも……」



 自分ではどうにかしたいと思っていることだからと言って、他人から軽々しく言われると受け入れられないというのは、なんとなく流霞にも理解できた。

 自分が好きなものを否定されるというのも、流霞にとってもそれがどれだけ腹立たしく、許せないものかはよく分かるのだ。そう、推しグッズをネタにからかわれたりとか。



「――うっし、おけおけー。んじゃ、りおなんりおなん」


「うん?」


「ウチらのいるクラン、入らん?」


「……へぁ?」



 ジャンボタワーチョコレートパフェをスプーンで切り崩しながら口元に運ぼうとしていた莉緒菜が、奏星に唐突に告げられた言葉に動きを止め、変な声を出して目を丸くした。



「ウチらさー、めっちゃガチめにダンジョン探索に力入れてく予定なんよ。でも、探索者として所属してんのはウチら〝金銀花カプリフォリオ〟だけなんよね。だから、経験もあって実力もある〝魔女の饗宴〟みたいな人たちには入ってもらいたいわけ」


「……えぇ、っと。そもそも二人とも、クラン入ってるの?」


「入ってるっつーか、ウチらの友達がクラン起ち上げた感じ」


「へ……? え、待って? 二人の友達って、年上のお友達みたいな?」


「ないない。同い年だよー」


「は……?」



 普通に考えて、十代中盤でクランを起ち上げて活動するなんてことは有り得ない。


 一般的な立ち回りとしては、高校生の間はせいぜいがパーティを組むぐらいであり、高校を出てクランの入団試験を受けたり、スカウトを受けたりして、新入り新米探索者としてクランに所属する、というのが一般的な探索者の在り方だ。

 もちろん、大学に通いながら探索者を続けたり、フリーの探索者として活動を続ける者も多くはいるのだが。


 そうして一通りの活動を経ていたり、あるいは企業の後押しを受け、ダンジョン事業に進出しようとしている会社などが探索者事務所を起ち上げるというのなら、まだ有り得る話ではある。


 だが、十代中盤が唐突にクランを起ち上げるというのは、いくらなんでも莉緒菜にとっても想定外な事象であると言えた。



「りおなんのとこなら全員女子だし、クラン的にもおっけーだし」


「ちょ、ちょっと待って。それって、あれ? 友達同士で集まって遊ぶとか、サークルとかそういう感じの……?」


「んふっ、まあそう思うよなー」


「私も他人だったらそうだろうなって思う」



 奏星も流霞も、莉緒菜の困惑や想定は理解できた。

 しかし、すでに流霞と奏星の二人がいる〝がちけん〟は、最早そういった次元にはいないのだ。



「りおなんりおなん、ウチらのクランに入るのは気持ち的にあり? なし?」


「え……? いや、心情的にはありと言えばありだけど……。でも、さっきも言ったけど私たちは探索を進めたい派だから、お友達感覚のノリで、とかになると難しいよ?」


「いやいや、さすがにそんなクランだったらあーしも誘わないって。ウチらほら、もうヤベーことになってるからさ。主にるかちーのせいで」


「えぇっ!? なんでぇ!?」


「だって、そもそもとか、るかちーが見つけたんじゃん」


「……ぁ、はい」



 アーティファクトであり、つい先日世間を賑わせ、雅の父であり、『明鏡止水』のクランリーダーである傑が記者会見配信にて公表した『魔力水の水差し』と、それに伴う様々な発見の発端は、紛れもなく流霞が発見したこと、である。

 それを出されてしまった以上、確かに「やべーこと」にはなっているのは間違いないだろう。


 素直に引き下がった流霞と、ニヤニヤと笑う奏星。

 そんな二人を見て呆然としつつも、相変わらず「てぇてぇ」と口を動かしている莉緒菜へと、奏星が再び顔を向けた。



「まあ、判断に迷うのは分かるけど。ってことで、りおなん。ちょっとウチのクランリーダーと、面談してみん?」


「……え?」


「あーしも色々ぱぱっと言えたらいいんだけどー、さすがになーって内容もあるからさ。だから、そーゆーのはなんだっけ? DNAみたいなアレ、取り交わすんっしょ?」


「DNA……? えっと……――あぁ、もしかして機密保持契約NDAのこと? え、そんな本格的な感じ?」


「なんなら下手に秘密知られたら命ヤベーレベル」


「こわっ!?」





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