雅の家族




「――おっつー。あれ、雅だけ?」


「うん、今日は奏星とるかちーはダンジョン。プラベ配信で素材集めするって言うから、ウチらでカメラ越しに素材探しね。ミカミカは飲み物買いに行ってるー」


「あー、あーしもミカミカにジュースお願いしよっかな」


「多分まだイケるっしょ」


「おっ、ちょっとチャット送るわ」



 ARグラスを外した雅が、眉間を揉むようにして椅子の背もたれに上体を預け、目を閉じる。

 そんな雅のずいぶんと疲れているような仕草に、雪乃は美佳里へとトークアプリを通してメッセージを送ると、そのまま鞄を部室の隅に置きつつ、目薬を取り出して雅のもとへと歩いていった。



「雅、ほい、目薬」


「マ? ありがとー、助かるー」


「目薬ってさぁ、たまに外さん?」


「わかる。なんか意味わからんとこ落ちる」


「それな」



 どうでもいい会話をしながらも目薬を差してまばたきをする雅の顔を見て、雪乃が眉間に皺を寄せた。



「だいじょぶ? ちょっと隈できてんじゃん」


「ん、ヘーキ。お父さんのトコがこっちの映像とか資料を共有してくれたら、資金提供するっつって言ってくれてさ。ちょっとそっちの準備してた」


「マ? 雅のお父さんって確か、『明鏡止水』の代表っしょ? 日本で有名なレベル5クランの」


「そそ」



 探索者事務所、クラン『明鏡止水』。

 ダンジョン出現黎明期に雅の祖父が起ち上げたクランであり、日本全国にも名が知られている有名所だ。


 現在は創始者である雅の祖父、大治郎が引退して外部顧問という立ち位置になり、父のすぐるが二代目の代表として活躍している。

 また、雅の二人の姉、長女の柚芭ゆずはと次女の渚沙なぎさがメンバーとしても活躍している。


 ちなみに、〝がちけん〟の代表は三女の冴香さえかだ。

 冴香は現在、探索者協会――通称探索者ギルドの協力研究機関に在籍しており、魔力の研究に没頭しているものの、数多くの論文を発表している若き天才研究者である。

 実のところ、傑の妻、つまりは雅の母である瑤子ようこもまた、そんな冴香と同じように研究一筋の女性でもあったりする。


 故に、雅の家系は探索者という職業に非常に馴染みもあり、ダンジョンというものも身近なものだった。

 だからこそ、雅は己の因子が【魔法薬調合】という聞いたこともないものであり、意味があるかも分からないものが与えられた時、深く傷つき、心が折れかけた。


 しかし、それでも諦めきれなかった。


 家族から仲間外れになるとか、そういうことが気になったのではない。

 ただただ、そんなもので己の価値が決められてたまるかと反骨精神を燃やした。

 偉大な両親に、家族に頼る道もあったが、自分は今までにない道を選ぶのだからと支援も援助も断り、〝がちけん〟を作ることにしたのだ。


 その背景を、雪乃も美佳里も、そしてここにはいない奏星も知っていた。

 だからこそ、雪乃は問うた。



「……それ、ウチらのため、だったりする?」


「へ……? あぁ、違う違う! そうじゃないよ。今回のこれは、正当な取引としてお互いに納得してのことなんよ」


「え、そうなん?」


「ここ2、3年の間に色んな因子が出てきたって話、知ってる?」


「あー、うん。なんか最近の十代の因子がー、みたいに言われること多いよね」


「そそ、不明因子って言う、見当のつかない因子所有者が増えたじゃん? んでさ、お父さんのとこもお母さんたちも、ちょっと行き詰まってるっぽくて。で、ウチらみたいに下手に常識に取られていない視点とか考え方とか、そういうのが欲しいって言ってきてさ」



 これは実際、以前奏星の配信でもコメントの中で言われていた言葉でもあった。

 この数年、これまでのシンプルかつ分かりやすいダンジョン因子とは異なる、特徴的かつ個性的なダンジョン因子を取得する者が増えてきているのだ。

 そのため、若い世代の探索者登録数が減ってきているのである。


 現在、『明鏡止水』を筆頭にしたクランでは、熱意はあるものの、戦える因子であるかどうかも分からないために断らざるを得ず、若い世代の獲得が難しくなってきている、というような問題を抱えていた。


 出口が見えない状況に行き詰まった雅の両親だったが、そんな中でこれまでにない要素――つまり、他者との接触によって魔装を強化するという流霞と奏星の二人と、そんな二人と組み、既存の常識を無視して色々な意味で自由に動ける雅ら〝がちけん〟の着眼点や発想というものを重要視しているのである。


 もちろん、親として雅には是非とも成功してもらいたい、という欲目がない訳ではないのだが、それを差し引いても〝がちけん〟との協力関係を結びたいという欲もあったため、今回の話がまとまった形だ。



「っつーわけで、情報をウチらから『明鏡止水』に提供して、その見返りに計測器具だったりを用意する資金を提供してもらうんよね」


「あー……。配信とかのお金、入ってくんの再来月だし、まだまだ少ないしね」


「そーゆーこと。でも、計測だったり実験器具だったりは早く手に入れたいじゃん? だからこの取引はウチらにとっても悪くないんよ」



 流霞と奏星、二人の魔装が起こした変化、〝相性〟という要素への注目。

 この仮説を実証するべく多角的に研究するのは、余程の信用があるクランが無償の協力者を広く募るならばともかく、今の雅らでは難しい。

 機材もなく、信用もなく、先立つものもない。あるのは熱意だけ、という有り様である以上、それは仕方のないことではある。



「でも、それ、雅は納得できてるん?」


「んー?」


「だって雅、外に頼るの嫌がってたっしょ?」


「あー……、それ、厳密にはちょい違う感じなんよ」


「んん?」


「あーしもできるなら、ウチで全部やりたいけどさ。けど、そんなあーしのこだわりが足引っ張ったらシャレにならんじゃん? 変に拘って、そのせいでウチらの因子の謎が解けないとかマジで最悪じゃん。だから、多面的っつか、色んなアプローチで調べた方が手っ取り早い研究っつか、単純作業的なヤツはガンガン外に回すつもり」



 同じテーマを共同研究するとなれば、当然権威だの信用だの、そういった諸々がついて回り、相手の要求を呑まなくてはならなくなる。しかし、自分たちが得た成果を一般化するための研究などは、無理に自分たちがこだわってやる必要はないと雅は考えている。


 相手は成果を得られて名声を得られて、自分たちは謎を追求することに専念できる。

 さらに両親が協力してくれるのであれば、情報提供者として〝がちけん〟の名も表に出せるのだから、文句はない。


 そんなことを考えて淡々と説明する雅に、雪乃は目を丸くしてからニィっと笑った。



「やっぱ雅ってメッチャ頭いいわ」


「興味があることとか、そういうのは家のこともあって詳しいだけだし」


「照れんなよぉー」


「照れてねーし」


「おっつー! なになにー? なんか盛り上がってんじゃーん。あ、雅、ゆっきー、飲み物買ってきたぜぃ」


「ミカミカおっつー、サンキュー」


「おつおつありがとー。いや、雅が頭いいって話で――」



 部室に入ってきた美佳里の明るい声が響いて、雪乃が何を話していたのかを簡単に説明していく。

 なんだか自分がずいぶんと頭が良いみたいに言われるのは、雅にとっては複雑な気分になる。何せ姉の冴香という本物の天才を知っているのに、それに劣る自分の頭がいいと言われても、とどうしても考えてしまう。


 ――そういや、昔は優秀で自慢の姉さんたちがすごくて、それに比べてあーしが平凡過ぎて。家族は気にしなかったのに周りに比べられて、息苦しくって、だから、自由に振る舞えるギャルに憧れたんだっけ。


 今ではすっかり板についたギャルらしいメイクや会話。

 当時は姉たちのように真面目に生きるのが酷く息苦しく感じて、自分は違うのだと、自由になりたいと思って、ギャルという自由な存在を目指すようになった。


 ――もっとも、そんな中で【魔法薬調合】なんて出たから、天罰かなってヘコんだりもしたけど。


 そんな過去を思い出しつつ、雪乃と美佳里の会話を聞きながら自分たちの魔装についての情報をまとめていく。


 雅の魔装は、白い手袋。

 特殊な効果としては、その手袋を嵌めて物を投げると、何故か狙った場所に当たるというもの。


 美佳里の魔装は、スクエア型でフレームが赤いオシャレな眼鏡。

 それをつけると自分の意思で映像がズームになったり、サーモグラフィー、ナイトスコープのように様々な効果がある。


 雪乃の魔装は、鋏。

 キッチンバサミを思わせるような大きさの青みがかった黒い鋏で、どんなに硬い物であっても挟めば真っ直ぐ切れてしまう。だが、やたらと斬れ味が良い一方で、切ると意識していない状態では何も切れない。


 それぞれに触れ合って、奏星や流霞にも触れてもらって、しかし成果はなし。

 魔法薬、魔弾、魔導裁縫、それぞれに〝魔〟という単語はあるが、残念ながら〝相性〟が悪かったらしい。


 ともあれ、魔装の変化による戦闘能力の強化などがどうなっているのか。

 それを検証するためにも、そして上層で採取できるものの中に、どんなものがあるのかを調べるためのプラベ配信――つまり、限られた視聴者しか観れない設定を使う予定となっている。



「そろそろ始まる予定の時間」


「おっ、チェックしなくちゃ」


「あっ、映ったよー!」



 映し出された映像。

 しょっぱなから「きひっ」と相変わらず喉を鳴らすような笑みを浮かべた流霞が、魔物の側頭部を殴り飛ばす瞬間であることに、3人は思わず苦笑した。





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