ダンジョン事情と流霞の事情




「――やっほー、みんな今日は配信観に来てくれてありがとー!」


「今日は頑張るぜ! 応援よろしくー!」



 ――よ、陽キャの巣窟……!


 ダンジョンの入口では多くの若者たちが自分たちのドローンに向かって挨拶をしており、そんな彼らを他所に内部へと進んでいく者たち。

 後者の中に紛れるように、流霞は周囲を見ては慄きながらも、表面上は何喰わぬ顔をしたままダンジョン内部へ進む。


 オシャレなダンジョン攻略装備のようなものは持たない、上下ジャージ姿。

 ダンジョンの上層以降に進むならそのような服装は自殺行為であるが、最上層でちまちまと特訓するような初心者であれば、こういう服装も珍しくはない。


 実害と言えば、せいぜいそういったジャージを卒業した探索者たちから「あ、初心者だ。俺らもあんな時代あったな」という、なんだか微妙に生暖かい視線を向けられるという程度だ。余計なお世話である。

 上層に行くようになるまでに最低限の装備を揃えるのは、ダンジョンアタックの基本であった。


 さて、ダンジョン探索であるが、ジャージであろうがそうでなかろうが、アタックをする上では、とある義務を果たす必要がある。


 それ即ち、ダンジョン内の録画、または配信は義務である。

 個人や仲間内での、公式なイベントなどではないダンジョンアタック――通称、プライベートアタックでは、このどちらかを必ず行わなくてはならないのだ。


 最近では、若く目立ちたがる者ほど配信を好み、玄人であったり、静かに探索に集中したい者は録画にして最低限の義務を守る、というような形で分かれている。

 ダンジョン内は、人の目の届かない環境であり、さらには魔物という危険な存在が生きる空間だ。

 そういった環境であるため、ダンジョン黎明期にはダンジョン内を利用した恐喝や強盗、傷害に殺人といった犯罪が横行してしまい、結果として一般人の探索者が寄り付かなくなったことがあった。


 そうして引き起こされたのが、ダンジョンの魔物が増えすぎて溢れてしまう『魔物氾濫スタンピード』現象。

 魔物による大侵攻とも言えるような一斉襲撃だ。

 これによって多くの命が奪われ、同時に、ダンジョンを放置すれば、魔物たちにその一帯を支配されることを人類は理解した。


 以来、ダンジョンでは録画で犯罪の予防をするのが一般的となった。


 そうして時代が進むにつれて魔石を利用した魔導具を用いた技術が進化し、単純な携帯電話などの電波は届かないものの、魔導具を介してダンジョン内外の通信を可能になって以来、ダンジョン録画ではなく、ダンジョン配信というジャンルが日の目を見ることになった。


 しかし、ダンジョンの映像はなかなかに過激だ。

 魔物だけではなく、配信をしている本人が不慮の事故で命を落としたりといったことも珍しくはなく、それらが全国に配信されてしまう。

 もっとも、すでに魔物の領域となった地域も日本、世界には存在しているため、平和な日常などというものは守られているような各地方含めた都市部ぐらいなものではあるのだが。


 当初はモザイクなどを入れることが間に合わず、年齢制限がかかったり、投稿できる動画投稿サイトなどもかなり限られたりもしたのだが、そうした点についても改良が加えられ、最近では全年齢で視聴できる程度には自動で配慮してくれる撮影ドローン兼通信機などが安価で手に入るようになったのだ。


 ――――もっとも、陰キャ傾向強めの流霞が配信などできるはずもなく、安い最低限の設備で録画で済ませているが。


 ダンジョン内に入り、安物、中古品、画質悪い、独自通信回線なしという、いいとこなしの録画用カメラを胸元につけ、流霞はダンジョンの内部に入るなり、一つ深呼吸した。



「――魔装展開」



 流霞の右手首につけたブレスレットが輝き、流霞の魔装――銀の棒が現れ、それを手に取る。



「……ストレス解消、付き合ってもらうよ」



 ぶぉん、と音を立てて振るわれた銀の棒。

 重量のある銀の棒は相変わらず流霞の手には振りやすく、重さを感じさせない仕様のままだ。頼りないぐらいの軽さに感じられる。


 今日流霞がダンジョンアタックをした理由は、単純なものだ。

 自分の推しグッズを小馬鹿にした男子たちに対する苛立ちの発散と、自分でしっかりと稼ぐためだ。


 実のところ、あの男子生徒があの時、もしももう少し周りを巻き込まずにからかい続けていたら、きっとこの魔装でぶん殴るぐらいには苛ついていたのである。

 出鼻を挫かれたからこそかえって落ち着いたものの、一歩間違えれば学校内の傷害事件勃発の危機であった。

 コミュ障だから黙っているだけで、実は手が早いのが流霞という少女である。


 結果としてその危機は去ったのだが――それはそれ、苛立つものは苛立つ。


 さらにこの女子高生、地味に怒りを根に持つタイプであり、何かしらで発散したがるタイプでもあった。


 さて、そんな流霞はさりげなく苦学生とでも言うべきか、いわゆる〝ダンジョン災害孤児〟と呼ばれる、『魔物氾濫スタンピード』によって幼い頃に親を亡くした孤児であった。


 ダンジョン災害孤児は世界的にかなり多い。

 そうした子供たちは義務教育期間中はともかく、中学校を卒業すると同時に施設から放り出され、〝卒業支援〟というまとまったお金が支給されると同時に、施設の庇護下から外れることとなる。

 そのため、今では立派に一人で暮らしているのである。


 不幸中の幸いは、〝卒業支援〟の中には、最低限まともな生活ができる公営住宅を安く借りられるという制度もある。

 おかげでお金に余裕がないながらも住居だけは最低限保障され、衣食は貧相ながらも1年程度は食い繋いでいける程度には余裕もあった。


 しかし、それでは推し活なんてできるはずはなかった。


 推しを支えるというのは即ち、グッズを買うなどによって貢献してなんぼ、と流霞は思うタイプである。

 食費を削って国の補助でグッズを買うことはさすがに気が引けるので、せめて推し活グッズは自分で稼ぎ、自分で手に入れたいのである。


 それに、そんな流霞だがオタク女子には少々似つかわしくない夢がある。

 それは将来的には名の知れた強い探索者になるということだ。

 美少女探索者だとか美女探索者だとか言われながら、できればちやほやされたいと、コミュ障のくせに承認欲求の塊みたいなことを考えているのだ。


 ――とは言え、【月】ってよく分からないけど。


 得られたダンジョン因子の【月】とは何か、その片鱗すらも掴めていないが、『字数が少なくシンプルであるほど強い』という法則を考えれば、良いものであるはずだ。あってほしい、と流霞は願う。


 そろそろ最上層を突破し、本格的に上層へ――そして、ダンジョンアタックを開始しようと考えている今日この頃、目標金額まで後少し。



「――よしっ、今日もがんばるぞー、おー……」



 さながら気合は充分なように見えるが、その声は決して他人には聞き取られないような、酷くか細いものであった。




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