第6話 変化するもの
アクトが自身を次期皇帝とし称したこと。
これは継承権争いに参加すると宣言したと同義である。
この宣言を聞いたのが騎士団員だけであればまだ誤魔化しも効いたが――第一皇子マティスもこれを聞いていたのが不味かった。
マティスはまだ5歳の幼い子供。
しかし、物心着く頃には保守派の貴族からなる派閥に属する人々に囲まれてきた。
故に、アクトの言葉の意味が理解できないはずもなく。
「よく見ておかないと」
今はまだ、幼い異母弟が遊びで言っただけと捉えることもできる。
が、それをアクト派になった騎士達が本気にする可能性は高い。
アクトが味方に着けた騎士団は、帝国騎士団の中でも若者の多い騎士達だ。
当然、自分達にとって有利に働く後ろ盾が欲しいだろう。
兄弟の絆、なんてものが育まれる間も無いうちから……争いの火種は撒かれていた。
――当然、アクトがその可能性を考慮していないはずが無く。
神から授かってしまった威圧的な人格に頼りはしたが、それでもアクトはアクトの意思で次期皇帝宣言をしている。
産まれて間もなくからイデアルに育てられたアクトには、貴族の後ろ盾がほとんど存在していない。
第一皇子マティスには保守派が、第二皇子セルジュには、今以上の権力を望む貴族が付いている。
確かにイデアルは皇帝で、これ以上無い権力だが……継承権争いにおいては全く役に立たない、むしろ強大な壁となる。
となれば、アクトの味方は自ずと限られる。
「質より量。とにかく多くの人々から支持を集めなければならない」
いずれは味方に付けるつもりだったが、様々な要因から思っていた数倍早く味方に着けてしまった。
「……予定を数段早めなければな」
味方を守れるだけの強さを得るまでは目立った行動を避けるつもりだった。
しかし騎士がアクトについてしまったからには目立った行動を控える等と言っていられない。
「城の外を見に行きたいが……」
皇族がそう簡単に城を離れる事はできない。
勝手に抜け出すか? 魔法を使えばどうとでもなりそうだが、あいにく魔法を使うための媒介が無い。
魔法は基本的に、媒介無しで使う事はできない。
鉱山から採れる魔法石を杖やブローチ等に加工した物が必要だ。
イデアルは手を塞がれる事を嫌って指輪に魔法石を嵌め込んでいる。
何とかして手に入れる方法は無いだろうか?
「不本意だが……頼るか」
アクトを溺愛するイデアルの事だ、アクトが欲しがれば魔法石の一つや二つ、軽く用意してくれるだろう。
皮肉な物だ。イデアルを皇帝の座から退けるためにイデアルを利用するなんて。
勇者のやる事では無いなと苦笑い。
その表情すらキリッと決まっているのだから、神の力は恐ろしい。
ぶつぶつと呟きながらアクトが考え事をしていた場所は、先程次期皇帝宣言をした椅子の上。
騎士達はアクトが自分達を評価しながら見ているのだと勘違いし、大いにやる気を出していた。
そのやる気にようやくアクトが気付く。
「……中々やるじゃないか」
内心ではさすが帝国騎士団様! と拍手しているのだが、口から飛び出したのはそんな上から目線の言葉。
嫌われないかと心配になるが、褒められたと騎士達は純粋に大喜びである。
そう言えば、アクトがジェルヴェだった頃。勇者としての活躍を当時の第二皇子……イデアルの弟に褒められた事が有った。
その時ジェルヴェは大変喜んだものだ。
権力とは……人の見え方を大きく変える。
……人そのものも、変えてしまう。
少なくともジェルヴェなら、こんなやり方をしなかっただろう。
自分が変わっていく感覚。
口調や態度が変わった今、これからより一層激しく変化していくだろう。
悪い物に飲み込まれないようにしなければならない。
今一度気を引き締めよう。
そう、決意した。
――――――――――
「えぇっ、誕生日に魔法石が欲しいのぉ?」
その日のうちにアクトはイデアルにお願いをした。
「んー……まだ早いんじゃな〜い? アクトは魔力がものすごく強いから、ちゃんと魔法が使えるって分かるまではダ〜メ!」
「……そうですか」
「うん。その代わり、魔法の先生を雇ってあげる。ソイツが良いよって言ったらすぐに魔法石を買ってあげる。これでいい?」
「えぇ。構いません。お心遣い感謝します」
胸が痛む。
悪人、なのに良い父親だ。
アクトを心から想っている。
アクトに前世の記憶が無ければ……良い親子として過ごせただろうに。
湧き上がる申し訳なさに蓋を。
情なんて抱いても辛くなるだけだ。
「魔法の先生誰にしよっかな〜」
上機嫌に歩くイデアルと手を繋ぎ、部屋へと向かう。
イデアルの手は暖かかった。
――――――――
そして迎えた誕生日。
魔力測定の儀式も同時に行われた。
「今回も壊れるかなぁっ?」
期待の目でアクトを見詰めるイデアルには申し訳ないが、加減をするつもりだ。
貴重な水晶をそう何度も壊すわけにはいかない。
「このくらいか?」
手加減して、魔力を注ぐ。
今度こそ割れずに光って――光は強くなっていき、水晶が粉々に砕けた。
「すごいすごぉい! 前より強くなってるじゃ〜ん!」
「……らしいですね」
内心、申し訳なさとコントロールの効かなさに膝を付いて落ち込んでいる。
が、体はすました表情で平然としていた。
――儀式の間から自身の部屋へと戻る。
城の中に儀式の間が有るため、移動はとても簡単だ。
アクトは社交界デビューがまだのため、城での大々的な誕生パーティが行われるという事は無い。
6歳でデビュー予定だ。
兄のマティスは既に社交界の場に何度か出席している。
部屋に戻ると、見知った――しかしアクトは知るはずのない人物が居た。
フラヴィ・ベレッタ。
前世、ジェルヴェの仲間だった魔法使い。
知っている姿よりも……随分と化粧の趣味が変わったらしい。
随分化粧が濃くなった。
髪は緩いウェーブがかかっていて、ツヤもいい。
きっと、幸せに生きているのだろう。
アクトはそう思った。
思い込んでしまった。
「本日よりアクト様に魔法を教えさせていただきます。フラヴィ ベレッタでございます」
にこやかに、優雅に彼女は礼をする。
アクトが何も知らずに生きていた間、いかにして彼女が生きて来たのかも知らずに。
――――――――
フラヴィが生きるために行き着いた場所は娼館だった。
初めは家族の顔が頭にチラついたが、次第に生きる為だと割り切るようになった。
旦那のマドロンは盾師兼薬師で、盾師が必要とされなくなった今は薬を売って生計を立てている。
彼も長い事、民のためと言って格安で薬を売っていたが……今は貴族に売るための高級薬品しか作っていない。
お互い、生きるために身を削って想いを削った。
元勇者パーティの魔法使いが今や娼婦をしていると話題になれば、フラヴィを買いたがる男なんていくらでも現れた。
息子が居るとなれば余計に男達は盛り上がった。
心身をすり減らし、お金のために働いている時。
元勇者パーティの魔法使いとして、第三皇子に魔法を教えないかと誘いの手紙が来たのだ。
初めはなんの冗談だと思った。
この誘いを受ければ、家に居られる時間は大きく減る。
城から家はとても距離があるからだ。
ただでさえ共に過ごす時間の少ない息子と、会う時間が減ってしまう。
それに、何よりも――仲間であるジェルヴェに濡れ衣を着せて殺した相手の言う事なんて誰が聞くものかと、思った。
思っていたそのはずだった。
気付けば……報酬に目が眩んで城に来ていた。
随分と変わってしまったものだ。
昔は、お金よりも家族を大切にしていたはずなのに。
心の中で言い訳をする。
魔法の教師になれば、もう金輪際旦那以外の男に抱かれなくとも生きていけるだけのお金が貰えるのだ。
だから仕方ない。と。
もう、何が目的で生きているのか分からなくなってしまった。
精一杯の笑顔で、第三皇子アクトにお辞儀をする。
気に入って貰えなければ、終わりだ。
アクトの姿が、とても幸せそうに見えた。
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