第2話 父の愛と無理難題
それは、ジェルヴェ改めアクトが昼寝をしている時の事だった。
突然アクトの部屋の扉が開かれ、皇帝イデアルが現れたのだ。
「パパだよ〜ほら、アクト〜?」
乳母の静止も聞かず、イデアルはアクトの揺りかごを覗き込む。
「ふゃっ」
突然揺りかごが大きく傾いた事に驚いたアクトが目を開ける。
「あっ起きた! おはよ〜」
ニコニコとイデアルが笑う。
銀の長い髪と、青と金のオッドアイ。
外見だけは儚げな美人だが、口を開けば幼稚で子供っぽい皇帝だ。
確かに、16で即位した現在19の皇帝と言えば幼いが、彼の幼さは度を越している。
まるでワガママ放題の幼児だ。
「今日は良い天気だよ! お散歩行こうよ、パパが抱っこしてあげる!」
アクトは首も座っていない乳児。
しかしそんな事はお構い無しと、イデアルは笑顔でアクトをぬいぐるみのように両脇に手を入れ、抱きあげようとした。
「ああぁん!」
「ちょ、泣かないでよ! パパだよ? ほら、抱っこしてあげるから!」
ただの乳児であるアクトには、抵抗する手段が泣く事しか無い。
しかし泣いたのが逆効果だったようで、体を持ち上げられる。
首をあげることが出来ず、苦しい。
下手をすれば転生して早々に死んでしまうかもしれない!
泣くことも出来ず、アクトは手足を動かして抵抗しようとする。
「陛下! おやめ下さい!」
そんな時、乳母の鋭い声が飛んだ。
「あ? 何。僕に命令するの?」
イデアルの手が離れ、乳母に感謝したのも束の間。イデアルは乳母を睨みつけた。
今すぐにでも殺してやるとばかりの表情――いや、殺すつもりだろう。
殺気が伝わってくる。自分の命の危機は一旦去ったが、今度は乳母に危険が及んでしまった。
「いいえ、違います」
それでも乳母の態度は毅然とした物だった。
震える声で、しかし気丈に彼女は言い切る。
「アクト様はまだ乳児。正しい抱き方をしなければ簡単に死んでしまいます」
怖いだろうに、アクトのために立ち向かってくれたのだ。
彼女のそんな態度を見てか、イデアルから殺気は消えていた。
「そっかそっか、そうだったね! 赤ちゃんって弱いんだった。忘れてたよ」
にぱっと笑顔になったイデアルに、乳母はホッとしたように息を着いた。
「で、どうすれば良いの? 殺さずに抱っこする方法、有るんでしょ?」
「……はい」
ホッとしたのも束の間。
イデアルは無邪気に問いかける。
乳母はとても葛藤している様子だ。
万が一、イデアルがアクトを乱暴に扱ったら? そうでなくとも、不慣れなイデアルがアクトを落としてしまったら――
アクト自身、不安に思っている。
前世も今世も同じ人に殺される事になるのはごめんだ。
「アクト様、お父上ですよ」
乳母がそっとアクトを抱き上げ、イデアルの顔を見せる。
優しく揺らして、包み込んでくれる乳母の腕の中はとても安心できた。
「お渡ししますので、頭を支えて抱いてあげてください」
「こうでいいの?」
乳母の腕から、イデアルの腕へ。
恐る恐るとアクトを抱くイデアル。
イデアルの腕の中は不安定で、そうでなくともイデアルに抱かれているという事実がたまらなく不快で、アクトは大声で泣いた。
「わあぁっなんで? さっきまでご機嫌だったじゃん!」
「アクト様にとって、陛下は見慣れない方ですから」
「えっ、なんでなんで? 僕パパだよ? 三週間前にも会ったのに!」
「赤ちゃんにとって三週間はとても長い時間です。忘れていても仕方ないでしょう……」
乳母は自然な動作でイデアルの腕からアクトを救出する。
イデアルは不満そうだったが、アクトが乳母の腕の中で泣き止んだのを見ると、文句は言わなかった。
「そっかぁ……アクト、パパの事忘れちゃったんだね」
そう言ってアクトの顔を覗き込み、頬をつつくイデアルの表情は――とても寂しそうだった。
さっきからイデアルはパパ、パパと自分が父親である事を主張し続けている。
ため息をつき、イデアルは部屋のソファにドカッと座った。
「僕さぁ、即位してすぐにマティスが産まれてさ、あんまり遊んであげられなかったんだよね」
マティス。第一皇子の名だ。
即位と第一王子の誕生が同じ年に有ったため、お祭り騒ぎになったのを覚えている。
「だから次が産まれた時はって思ってたんだけど、セルジュも結局あんまり会えないまんまでさ」
セルジュは第二皇子だ。
マティスの3ヶ月後に第二王妃が出産した。
立て続けにめでたい事が起きたため、それはそれは大変な騒ぎになったものだ。
「二人とも二歳とかその辺なのにもうよそよそしいっていうか……だからアクトにはいっぱい構うぞって思ってるんだ!」
にぱっと笑ったイデアルは、どこにでも居る青年といった顔をしている。
「でもちょーっと面倒な事になってたから、産まれる前に色々片付けておきたくて。そのために勇者の処刑とか、いっぱい頑張ったんだよね〜」
前世の自分を言われのない罪で処刑した男。しかし、目の前で語っている言葉は……内容をともかくとすれば、子供を愛する父親そのもの。
アクトは、イデアルをどんな目で見れば分からなくなってしまった。
憎むべき相手。しかし家族のためには仕方の無かったことで――
アクト……ヴェルジェは昔から優しすぎた。
利用されたのに、理由一つで理不尽を飲み込んでしまう。
それで損ばかりしているのだと気づく事もできずに。
「三週間に一回でも多いかなって思ってたけど、これから毎日会いに来るね! 成長するのが楽しみだな〜」
イデアルは立ち上がり、アクトの顔を覗き込んでいた。
アクトはもう、持つべき嫌悪感を持っていない。
「明日も抱っこするね! ちょっとずつパパに慣れるんだよ? じゃあね!」
大きく手を振り、イデアルは去っていった。
「……はぁ」
乳母は辛うじてアクトをゆりかごに乗せると、ぺたりとその場に座り込んだ。
顔色が悪い。
ずっと気を張っていたのだろう。
命懸けでアクトを守ってくれた人。
感謝を伝える手段を、今のアクトは持っていない。
もう少し大きくなったら何か恩返しを……
『お前は甘すぎる』
脳内に声が響く。
ヴァルンドールの声だ。
『こんな調子でイデアルを許すようでは、世界どころかこの国を導く事もできないぞ』
苛立った様子が声から伝わってくる。
『お前に任せておくつもりだったが、この調子では何度転生させてもダメだろう』
まだ生まれてまもない赤ちゃん。前世の記憶を取り戻してからも三週間しか経っていない。
と言うのに、ヴァルンドールは大層ご立腹のようだ。
『そこで我は決めた。お前、18歳までに皇帝になれなかったら死んでもらう! 転生もさせない!』
「えぇっ!?」
『善人と悪人の区別くらい付けられるようになれ!』
「あーっ?」
ヴァルンドールの声はきこえなくなった。
理不尽に理不尽を押し付けられたアクト。
彼の受難は始まったばかりだ。
――翌日。
イデアルは大量のプレゼントと共に現れた。
翌日も、その翌日も、イデアルは毎日やってきては、成長に合わせたプレゼントを持ってくる。
そうして毎日顔を合わせているうちに――四ヶ月が過ぎた。
「今日は最初の魔力測定の日だね!」
魔力測定。
産まれて4〜6ヶ月後以内にその人の魔力量を測定する物だ。
この後3歳、6歳、12.18歳と5回の測定を経てその人のステータスを確定させる。
と言っても、6歳までの測定はそこまで生きてこられた事を記念して行なう儀式のような物だ。
そこまで気合を入れるものでもない。
「アクトはどれくらい魔力が有るのかな〜? 僕は初めからずっと兄弟の中で一番魔力が有ったから皇帝になれたんだよね! アクトもそうだったら良いね〜」
入れるものではないのだが……第三皇子でありながら18までに皇帝という無理難題を叶えるには、ここで大きな結果を出しておくのは必須だろう。
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