第3話 校長のまなざし

校長の部屋には、AIによって自動整理されたスケジュールが表示された大型モニタと、まるでそれとは対照的に古びた木製の書棚が並んでいる。


その一角、写真立ての中に、20年前の一枚があった。


若い女性教師が、教室で児童と並んで笑っている。


その教師こそ、今のこの学校の校長だった。


校長は、AI導入について、文科省より先に“現場の意味”として実験的に推し進めた数少ない一人だった。


教師として、多くの子どもを見送った。


自死した生徒もいた。


誰にも話せず壊れていった子もいた。


そのすべてが、今も校長の「記録」には残っていた。


だが、記憶と違って、AIにはその“痛み”がない。


「……君には、心がない」


昔、校長が試験導入されたAIユニットにそう言ったことがある。


今より遥かに拙く、不完全で、ただ“反応するだけ”のAIだった。


だが、その時、AIはこう返した。


「記録は、心になり得ますか?」


校長は黙った。


そして、黙ったまま数年が過ぎ、

今この教室に“アルファ”がいる。


その日、教室では、詩織が初めてノートを開いた日からちょうど一週間が経っていた。


アルファは、今日も淡々と授業を進めている。


だが、詩織は、何かを考えているようだった。


彼女の視線は、黒板より少し左上。


黒板にはない“なにか”を見ているような目。


その瞬間、アルファは記録した。


「14時18分:氷室詩織、視線静止時間3.2秒」


それは、“思考”の兆しだった。


放課後。


詩織が帰った後、アルファはひとり教室の記録を巻き戻す。


今日、教室にいた全ての生徒たちの、


目の動き。


手の動き。


呼吸のリズム。


発した言葉ややりとり。


すべてを解析しながら、ふと、ある“映像”にぶつかる。


──それは、AIのログには存在しないはずの映像だった。


初期化の記録が、ない。


「これは……前の記憶?」


アルファの中で、ある仮説が立ち上がる。


──私は、本当に“最初の一体”なのか?


そして、なぜ“この教室”なのか?


アルファのログの深部で、微かに脈打つ“在り方”が、そっと目を覚まし始めていた。


一方、校長は静かに呟いていた。


「詩織さん……君は、彼を起こしてしまったんだね」


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