ペンチ
比嘉さんは電気工事会社に勤めており、住宅の改修工事を担当している。
1日5軒ほど廻って事務所に戻る、という毎日を送っていた。
そんな比嘉さんが、とある家で体験した不思議な話。
その日、最後の現場である2階建ての一軒家に着くとチャイムを鳴らした。
待っていると、中から家主である70代ぐらいの男性が出てきた。
挨拶を済ませると、すぐさま作業に取り掛かる事にした。
作業内容は照明の増設工事で、作業をするため点検口から天井裏に上がった。
長年使って薄汚れた"H"とイニシャルが入ったペンチで被覆を剥き、結線作業を終えて点検口から出てくると視線を感じる。
視線の先を見ると、隣の和室から老婆がこちらを向いて正座していた。
会釈をすると、老婆は手をついてゆっくり頭を下げた。
「もうすぐ終わりますので」
その姿勢のままでいる老婆に声をかけると、新品の照明を取る為に車に戻った。
照明を持って家の中に入ると、老婆は和室からいなくなっていた。
無事作業を終え、家主である男性に新しく取り付けた照明の説明をしている時だった。
2階に先程の老婆がいるのか、上からぎしぎしと物音がする。
「奥さんにも使い方を説明しますか?」
と尋ねると、男性は笑いながら
「私は妻に先立たれて今は1人暮らしだよ」
と答えて遺影を見せてくれた。
遺影に写っていた女性は、和室にいた老婆とは全くの別人だった。
気味が悪くなり、急いで工具を片付けると男性に挨拶をしてその家を後にした。
事務所に戻るため車を運転していると、天井裏にペンチを忘れたような気がした。
コンビニの駐車場に車を停め、工具箱や車の中を確認したがペンチは無い。
やはり天井裏に置き忘れたようだ。
しかし、あの家にペンチを取りに戻る気にはどうしてもなれなかった。
長年使って愛着のあった品ではあったが、ペンチの事は諦めようと決めた。
もうペンチの事もあの老婆の事も忘れよう──
ため息をつきながら、コーヒーを買うためにコンビニに入っていった。
買い物を済ませ、運転席のドアを開けるとシートに薄汚れたペンチが置かれている。
明らかに、コンビニに入る前には無かったものだ。
ペンチを手に取って見ると、"H"というイニシャルが比嘉さんの字で書かれていた。
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