無血の開幕
黒峰ベンチ――楠木ダイゴのファインプレー直後
楠木のグローブがフェンスの上に届いた瞬間、ベンチがどっと沸いた。
司堂セイヤが階段を飛び降り、新外野手の肩を拳で叩いた。
「マジで助かった……西村の野郎、完全に俺を捉えてやがった」
ダイゴは肩をさすりながら苦笑い。
「たまたまだよ、先輩。気にしないで」
セイヤは自嘲気味に笑った。
「どれがたまたまだよ。お前のキャッチか、西村のスイングか……」
三宅ソウタがセイヤの帽子のつばを軽く弾いた。
「西村にタイミングでやられただけだ。まだ序盤だろ。動揺すんな。普通に投げろよ」
セイヤは肩を回して大きく息を吐いた。
「……ああ、悪かった。一瞬集中が切れただけだ」
次は絶対に仕留める、西村
中野ブルペン
加藤リョウタの指は、グローブの中で冷えきっていた。
ここで崩れたら本当に終わりだ……相手は黒峰だぞ
影が落ちた。秋山ショウタがマスクを片手にしゃがみ込む。
「おい涼太、大丈夫か? マウンド行こうぜ。肩作っとこう」
「は、はい……!」
二人は並んでマウンドへ向かった。砂利の音が観客のざわめきより大きく響く。
秋山は前を見たまま言った。
「初めてのバッテリーだろ。使える球全部教えてくれ。最高の試合にしようぜ」
リョウタはごくりと唾を飲んだ。さすが秋山先輩……ピッチャーの気持ちをちゃんと整えてくれる
「今は……ストレートとカットボールしか自信が……」
秋山が片目でニヤリと笑った。
「ストレートとカットか……厳しいけど、まあ何とかなるだろ……たぶんね」
リョウタはさっきの好印象を即座に撤回した。……やっぱり怖い人だ
「中野の先発、鈴木じゃねえのか?」
「二年生だろ? 見たことねえ顔だな」
佐久間ユウイチが記者席で眉を上げた。
鈴木を温存して無名の二年生をぶつける……山田監督、相変わらず面白い手を打つな
中野ベンチの奥では鈴木ハルトが無言でマウンドを見つめていた。
ダグアウトの階段脇、中村ハヤトはウェイトバットをゆっくり振り続けている。
涼太……ここで踏ん張れよ。お前のレギュラーはここで決まる
少なくともお前はチャンスをもらえてる。俺の出番はまだいつになるか分かんねえのに
ウォーミングアップ終了
一番・佐原レンが打席に入り、即座にバントの構えを取った。
「いきなりバントかよ」
「まあ黒峰の打線じゃ仕方ねえか」
走者なしでバント……!?
秋山は外角低めにミットを構えた。とにかく届かせろ
リョウタは頷き、外角に逃げるストレートを投げ込んだ。
カツン。ファウルバント。
当たった……!
秋山は今度は高めに構えた。まるで挑発するように。
高すぎじゃない……?
それでも投げた。
カツン。またファウルバント。
「レン! 全部追うな!」
佐原は目を細めた。届かせようとしてるな。次は待つ
秋山はド真ん中にミットを落とした。
ド真ん中!? 0-2で!?
秋山は余裕の笑みを浮かべただけだった。
リョウタはサインを信じ、カットボールをド真ん中へ放った。
観客からは「ど真ん中のプレゼントストレート」にしか見えなかった――
最後の一瞬で急に沈み、佐原の手元でバットの芯から外れた。
佐原は無理やりバントしようとしたが、バットは空を切った。
「ストライク三振! バッターアウト!」
佐原は呆然と地面を見つめた。あのストレート……途中で切れた?
一般観客はブーイング。
「ど真ん中バント外すとか終わってるだろ」
佐久間ユウイチはノートに猛烈に書き込んだ。
見事だ。2球続けて届かせて「ド真ん中は絶対来ない」と確信させた上で、唯一の死角を突く。
あの遅れてくるカットのキレ――完璧なバントでも詰まっていただろう。流れも完璧だ
リョウタはマウンドで固まった。最初から全部計算されてた……これが秋山先輩か
秋山が駆け寄り、胸ガードを軽く叩いた。
「ワンアウトだ、涼太。このまま行こうぜ」
三宅が小さく口笛を吹いた。
「さすが秋山って捕手だな」
セイヤが舌打ちした。
「……まあ、相手は中野だからな」
一回の裏は、まだ始まったばかりだった。
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