038
アンリからさっきまでの笑顔は消え、真剣な面持ちで僕達を回れ右させて、背中を押してくれた。
外へ出ると、新鮮な空気を吸って、少し僕は落ち着きを取り戻した。横でまだ青ざめている芽衣ちゃんは茂みの方へアンリに連れられて行ってしまった。
何が起こったんだ。急にあの男が、風船のように膨らんで破裂したんだが、本当は名のある奴で、あいつの能力か何かか。こうして人の気分を悪くするのが能力なら相当なひねくれ者だな。
ポケットの中に入れてあった、プラスチック爆弾のスイッチを取り出す。
「あれ?」
だけどポケットからでてきたのは袋に入ったお菓子だった。一体どうしてこんなものが、持ってきた覚えがない。
中を開けてみても、中には表記通りにそのお菓子が入っていた。
「あれぇ? どうしたの狐にでも化かされたの?」
不意に後ろから声がしたので、反射よく振りかえると、そこにはアイアンニートが被っていたと同じものと思うわれる狐のお面を頭の横につけて、後頭部には般若のお面をつけている青年が立っていた。
「ザイガ持ちだな」
結論を言い放つ。だってそうだろう、一般人ならばこの死体の山と僕が血みどろになっているのを見れば悲鳴を上げるか、それとも隠れて警察に通報するかのニ択しかない。なのにこいつは選択欄にない話しかけるをしてきた。そこから解るのは唯の馬鹿か、怖いもの知らずか、関係者の侵略者かのどれかだ。
「そうだよ? 知らなかった?」
そいつはあっさりとネタばらしをした。
「じゃあ、僕はこのツェペシュでお前を貫く!」
ツェペシュを構えた時にはそいつは同じ場所には立っていなかった。
「ここだよここ」
どこにいったのか探していると、頭の上の方で声がした。そいつは僕の頭の上に乗っているようだ。だが不思議な事に重さを感じることはなかったので、気がつくのに遅れた。
「君は獰猛だ、首輪を付けないといけないね」
青年は針のついた首輪を器用にも回して僕の首へと掛けようとした時、銀色の閃光がその首輪を弾いた。そしてその閃光は上に乗っている青年も教会の方へ巻き込んで吹っ飛ばした。
「やっと、現れたの」
アンリが茂みから戻ってきた。その手には銀色の閃光の元である、ヘルシングが握られている。
アンリが声を掛けている主は教会の方から戻って来て、狐のお面を付けていた。
「僕からすればお早い登場って所かな」
青年はお面の下でケタケタと笑う。
「アンリどういう事だ?」
「言わば、あいつが真のラスボスと言った所じゃ」
真のラスボス。現代っ子には解りやすい説明である。ラスボスを倒した後に急に出現して、なりふり構わず戦闘へ持って行き、プレイヤーを惑わす、あの忌々しいキャラだ。
「そうだよ。白銀君は気づかなかったのかな? 僕達はずーっと君を見張っていた。この都市に入ってからずーっとね。その目にはアンリ様はお気づきだったようだけど、不慮の事故で体が爆発しちゃったんだよねー」
不穏な空気がこの場に流れる。
「見張っていたって」
「おやおや? まだ気づかない? お馬鹿さんだー、いや神に愛された莫迦だね!」
僕が途中まで言いかけた言葉を遮って腹を抱えて笑いながら膝を叩く。
「足りない脳を補ってやったらどうだい? アンリ様」
「黙れい」
珍しくアンリが第一声で怒った。僕はいきなり現れて真のラスボスの名称を持つ男に煽られても、まったく怒りは湧いてこないもの、どうしてアンリは怒っているんだ。
「おぉ怖い怖い。じゃあ僕が話すよ。白銀君、そこの死体よーく見てよ」
「・・・死体?」
言われた通りに遺体を見る。僕達が侵略者を殺し、支配を解いた遺体は、傷も治し男性から女性、子供からおじいちゃんまで揃っていた。
ふとどこか違和感を覚える。
この男性、どこかで見たことがある。この女性も。子供も、おじいちゃんも。全てどこかで見たことがある。
「お? そうそう、気づいた? 言ったでしょ? 僕達は見張っていたって」
そうだ、この人達は都市に入ってから一度会っている人達だ。この男性は僕がゲートで倒れた時に駆けつけた救護班の人。この女性は僕が交差点で座っている時に近くで座っていた女性。この人はアンリが死んだ時に僕を連れて行った救急隊員。この子は病院の中庭で遊んでいた子だし、このおじいちゃんも日向ぼっこをしていた人だし。この人は病院の警備員さん。それに今日お葬式に来ていた人もいる。
「ずーっと見ていた。そして君を今、ここまで導いた」
指をわきわきと動かす。そうすると廃教会の中かから死んだはずのアイアンニートがゆらゆらと足取り覚束なく出て来た。
「どうして生きているんだ! お前はアンリが殺したはずだろ!」
僕がアイアンニートに問うも答えない。
「なんとか言えよ!」
僕の問いに対して答えたのは青年だった。
「お堅い頭かい? 何度も言っているだろう? 僕達は見ていたって。そして答えを言ってあげただろう? 導いたって。つまりこういうことだよ」
青年が手を右に振った瞬間に、遺体が全員立ちあがる。その遺体からはキラキラと光る糸が僕の目に映る。
「そんなところじゃろうと思っておったが、これほどの力があるとはの」
「お褒め頂き光栄です。アンリ様が思っている通り、私が本当のアイアンニートですよ。こいつはただのお人形さん。その人達もお人形さん」
横に居る元アイアンニートをポンポンと軽く叩き、無垢な笑顔をこちらに向ける。
「お人形って、お前の能力は弾を撃った相手の体を操作できるって能力だろ」
「おばかさーん。誰が本当の能力を言うんだい? 自らの手の内を明かすなんて頭が弱すぎるでしょう。でも、君たちに今までの僕達の手の内くらいは明かしても良いんだけどね」
「ほう、では是非とも教えてもらいたいものじゃの。まぁ貴様の能力は操ると言う事は合っておるのじゃろう?」
「正解! 正解したアンリ様に教えて上げる」
敬礼した後に青年は続ける。
「耳にタコができるくらい言うけど、僕達はずっと見ていた。そしてここまで導いた。最初の救急隊に病院まで移動してもらい、君達の内通者と会わせ、その次に僕の変わりのアイアンニートとアサシンに事件を起こしてもらう。そしたらちゃんと白銀君は怪我してくれた。それでさ、またあの病院に逆戻りで、白銀君自身を反逆者と引き合わせて、内通者の顔を割る。それが目的さ。あ、そうそう白銀君、アンリ様がどうしてあの程度の爆弾をくらったか知っているかい? それはね」
「それ以上言ったら、貴様の体が無くなるぞ」
場の空気が重くなった。アンリの目つきが怖い。
その言葉を聞いてアイアンニートは指でバツ印を作って黙る。
「まぁいいや。僕は目的を果たせたし」
アイアンニートはさっきと逆に左に手を振ると、一気に遺体が崩れ落ちる。
「お前の目的ってなんだよ! 何の為にこんなことをするんだよ!」
僕の行動が全てこいつによって掌握されていたことは解った。腑に落ちないが認めるしかない。僕はアンリではなくこいつの掌の上で遊ばれていた。
「何の為? そうだね。君達をより反逆者らしくするためかな? 最近つまんなくてさー、刺激を求めるために君たちとあの団体と抗争を起こさそうと思い立った訳! どう面白くない? そして美しくない? 命が消える瞬間が見れるのはさ!」
狐のお面から般若のお面へ切り替えて、最後の答えを語る。偽アイアンニート同じように、こいつも屑であり、しかも人間の命の美しさではなく、命すべてが散る美しさを語っている。こいつは元からの侵略者だ。侵略者の中の異常者。
「そうそう、それとアサシン、御影匡さんだっけ? あの人の銃弾を抜いてあげたの。僕だよ」
「なんだと?」
「だーかーらー、僕が偽アイアンニートの銃弾を抜いてあげたの。優しいでしょ」
あいつが言っているのはつまり、自分が操っていた偽アイアンニートの能力で御影さんを操って、その御影さんの弾をまた自分で抜いた。諸悪の根源はここにいた。こいつは全て知っている上で御影さんを利用した。御影さんが言っていた幹部はこいつだ。御影さんはこいつのせいで罪を負ってしまったんだ。
僕はツェペシュを強く握る。
「やめておけ」
だけどアンリが僕の前に立ち、怒りを抑制させる。
「どうしてだよ」
怒りを心の内に宿しながら、邪魔をするアンリに訊く。
「そろそろ覚醒も終わる。あやつはそれを見計らって姿を現したのじゃ。だから今は無駄な争いは、お、おい!」
アンリが何かを言っていたけど関係ない。アンリを押しのけて僕は般若のお面をつけているアイアンニートへ向かって走り出す。
「猛犬君。僕には戦う意思はない」
「僕は戦う意思しかない!」
ツェペシュをアイアンニートに殺意をこめて振り被る。
「でもそんなんじゃだーめ」
ツェペシュがアイアンニートの鼻先まで届こうとした瞬間にプラスチック爆弾のスイッチを押した。
その結果教会は爆発し、爆風で僕とツェペシュは元居た場所へと叩きつけられる。ツェペシュを持っていた右手が酷い火傷を負ったが、瞬きする間に治っていた。
「はははは、また面白いものを見せてよ白銀君、アンリ様」
燃え盛る教会の周りをアイアンニートの声が響き渡る。
逃げられてしまった。
「な、なんですか。もう爆発ですか!」
茂みで他人や異性には見られたくないような事をしていたと思わる芽衣ちゃんが爆発音を聞き戻って来る。
「咲、芽衣、この場を去るぞ」
アンリは全ての武器を仕舞い、死体に手を合わせながら僕達に告げる。
僕は黙ってその言葉に従うだけだった。この作戦ラブ&ピースは書物を燃やしたら後は逃げるだけだからだ。空の薬莢や弾痕は証拠になるけど、止まり木の会が都合のいいように情報操作するだろう。
「は、はい!」
状況を飲み込めてない芽衣ちゃんも、とりあえずアンリの言葉に従う。
燃える廃教会を背に僕達はその場を走り去った。
本当に腑に落ちないまま、この事件の真相を知り。そして諸悪の根源を絶てぬまま、この事件にピリオドが打たれた。
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