004
少女は名乗った後に僕に何をしたかを洗いざらい話し始めた。
「私はお前が倒れているのを見て、助けてやったのだ」
「助けたって、君がまさか胸の穴を塞いだとでも?」
「そうだが?」
少女アンリは当然のように答えた。
「そんなこと君にできるはずがないだろ。ましてや人間にできるはずがない」
「私の名を聴いていなかったのか? 恐怖の大王ぞよ?」
その名称は聞き覚えがあった。最近まで流行ったフレーズだ。大災害や宇宙人来襲やらと囃したてられていたけど結局なにも無く、二十世紀最後の予言は何事もなく終わったのだった。もしその恐怖の大王の一族とやらならば、それは宇宙人なのだろう。僕はそう解釈した。
「じゃあ君は宇宙から来たってことなの?」
「そうじゃな。仲間と共に今現在来襲したんじゃがな、何故か私は誰にも乗り移ってないのに人間になってしまっているんじゃな。これまた不可解な出来事じゃ」
「いやいや、ちょっと待って、僕はそんなに一気に状況を飲み込めるような人間じゃないよ。僕が死んだ? 君が宇宙人? 地球来襲? ごめん、まとめさせて」
とてつもない情報が頭の中で混雑する。未知との遭遇、自分の死、恐怖の大王、隕石落下、日常から一変し地獄と化した街を眺めながら頭を抱える。
えっとどうゆうことだ、とりあえずは、僕は一回死んだ。
そして宇宙人の技術で蘇ったとでも? こんな事実はありえない、ありえないけど、目の前の現実がそうだと突き付けてくる。
「解った。現状を見て君の言葉を信じようと思う。だけど不可解な点は僕にもいくつもある、地球に来襲した癖にどうして僕を助けたんだ?」
「それはじゃな、我らはこんな掌に乗せれるほどの小さい生命体での、そのせいで他の体の心の臓を貫いて精神を支配して借りないといけないんじゃな。先も言ったように私はそんなことをしなくても直前で何故か、この姿になっておったんじゃ。そのおかげかもしれんが、私の乗り捨てた隕石に貫かれたお主を助けたのは人間で言う情が湧いたとでも言っておくかの」
人間の言葉に慣れてないのか、それとも言葉が通じてないのか、少女アンリの言うことは少々支離滅裂だった。それでも事故に会った被害者だが、一応は助けてもらった恩からか、彼女の言う通り僕にも情が湧いたのか、彼女の言葉を信じようと思った。
「じゃあ、君は何故か地球に着いていたら人間になっていたと?」
「そういうことじゃな、でもどうしてこんなにもプリチーな体になってしまったのか」
腕を組み考え込む少女アンリ。その何故かを追及したところで、当事者が理解していないならば意味をなさないので、次の質問を投げる。
「君は僕を、人間を殺さないの?」
少女アンリの顔はきょとんとしていた、何故そんなことを訊くのか、と言ったところだろうか。当たり前だろう。この地獄を見て喜んでいたのだからな。話は貴重な情報源として信用するが、性格は信用ならない。
「殺しはしないさ、なんたって態々蘇らせたのだからな」
「さっきも聞いた、情が湧いたんだろ。僕が聞きたいのはそんなんじゃない。君は残虐な性格なんだろう。だからこそ裏があるはずだ、答えろ。君は僕や他の人間を殺さないのか?」
僕が再び同じ質問を言い放った時、少女は目を離さず僕を見つめていた。その目に見透かされ、射抜かれている感覚が体を通り抜けていき、炎と夏の熱さで汗をかいているのに、ゾクリと鳥肌が立った。
しばらくして少女アンリの眼から鋭さが抜けたと思った途端に、クスクスと笑いだした。
「お主は面白いことを言うな、私がお主を態々蘇らせておいて、殺すかと問うか。命の恩人に感謝もなく、殺すかと訊く。面白い、実に面白い。気に入った、私の見込みは間違いではなかったのだろう」
あれ? もしかして僕説教されてた? 宇宙人に説教されていた?
確かに僕は人知を超えた事実に驚いて謝礼の言葉を述べていなかった気がする。だから言われてからだけど礼を言っておこう。
「あ、ありがとう」
「ふむ、気にするでない」
「でも、君がこの現状を作り出した宇宙人でことは変わらないよね」
「確かにそうじゃの、私もこの星の文明と生命を破壊するために来た訳じゃが、この姿になって気が変わった。私らの仲間を破壊してやろう」
と少女アンリは唐突に変則的な答えを言う。
「は?」
僕は一拍を置いて間抜けな声を上げていた。この宇宙人なんと言ったのだ、耳に追加の穴が開いていなければ、気が変わったから仲間を破壊すると言った。
一体全体どういうことだ。現状把握だけでも頭が一杯なのに、またまたこんがらがることを言ってくれる。
「阿呆な声で呆けている場合ではないぞ。お主は通常の人間とは違う力を持っていると証明されているのじゃ、その力で私の所業を手伝ってほしいのじゃが」
「え? は?」
「え? は?ではない、お主には我らと同じくザイガが宿っている。この地球上で言えば気力や魔術のようなものかの。その力で私の仲間、お主らの敵を滅してほしい。大丈夫じゃ、心配することはない、私の力を引き継いでいるはずじゃから、そう負けることはない」
僕の思考をおいてけぼりに少女アンリは一人話を続ける。僕はその話をゆっくりと整理しながら、自分の手を見てみる。そんなことを言われても特別な力が宿っているようには見えない、いつものように華奢な女性のような二の腕だし、拳を作って力を入れてみても何も起こらない。
「何もないと思うじゃろ。残念、すごい力が宿っているのじゃ。まぁ覚醒させるには一つ行動を起こさないといけないのじゃがな」
「そ、それは?」
好奇心だけで反射的に答えていた。ここまで訊いたんだ、自分の身に起こっていることを知りたいのは人間の性だ。
「それはじゃな、接吻じゃ」
少女アンリは自らの唇を突き出しながら上唇を人差し指で押さえる。
接吻。別名は口づけやらキスやらキッスやらチューやらその他諸々名称はあるが、内容は唇を額や頬、唇に接触させる行為である。接吻の種類に舌を絡ませるディープキスや物と物の間を接触させる間接キスがある。
それをこの少女と呼べる宇宙人としろと言っているのだ。どう考えても犯罪である。どこかの団体が黙っちゃいない。
「本気で言ってるの? 僕には力が宿っていることすら信じられないんだけど」
「では試してみるか?」
少女は大きく一歩踏み出し、近づいて来て、背伸びをして顔を近づけてくる。
「や、やめろ。お前こんな時にどんな行動をしてるか解ってるのか!」
接吻なるものをしたことがあるが、こんないたいけな少女に迫られたことはないので慌てて肩を押さえて、上がっていた少女の踵を地面と再会させる。
「どうしたのだ、もしかして恥ずかしいのか? 若いのぉ、そんな奴はこうじゃな」
「うお!」
含み笑いをして、少女アンリは僕の長身の体を足払いし、熱のこもった堤防の整備されていた道に尻もちをつかさせられる。そして出会った時と同じように腰の上に乗っかり身動きを封じられた。見た目は軽そうなのに、どれだけ力を入れても彼女を押しのけれない。これが不思議パワーか。
「ふっふっふ、どう力を入れても押しのけれないじゃろう、これがザイガを持つ者の力じゃ。いやぁ私もお主みたいな若者を吸えるのは気分が良いな」
老年の吸血鬼のようなことを言って、ゆっくりと、ゆっくりと幼げで小さな唇が近づいてくる。
「ま、待て! 力を確かめる前にだ、どうしてお前の仲間を倒さなければならないんだ、この現状の他に何をするんだよ」
切羽詰まっている状況のおかげで、頭の回転が速かった。未だにその情報は聞いていない、疑問に思ったことを口に出して、今この状況を打開しよう。
「言っていなかったか?」
少女は唇五センチ手前で止まり、顔を引き離す。
「言ってない、言ってない」
「そうだったか。私らは心の臓器を貫いた人間と入れ替わることができると言ったな。それでだ、お主も持っている力を手にし、人を殺めるであろう。そうして種に溶け込み、同族と擬態し、その種が最後の一人となるまで生き続ける。そんなのはお主ら人間は嫌じゃろう? 私らは今人間の皮を被った化物じゃ。あ、でも私は違うぞ、私はザイガが使える真っ当な人間だ。ほれ、その証拠にお主を助けておる」
真っ当な人間はそんなことは言わないと言いたいが、少女アンリの機嫌を損ねるのは僕にとっては特ではない。せっかく人間を助けてくれると言っているのだ、罠だとしても乗っておいて損はないはずだ。
「でも僕は貫かれているけど、入れ替わってない。これはどうして?」
「お主は私の隕石に貫かれただけじゃし、入れ替わりはせぬが、稀に精神を支配できずに逆に支配される特異体と言うのがいるとは聞いたことがあるの。とは言え人間みたいな高知能を持った種族に出会う事事態が私達の世代にとっては初めてなのじゃ。私達の世代が出会ってきたのは植物や、動物、魚類やガスに鉱物とかじゃな。高度な知能や感情を持った生命体に乗り移ること自体が無かったのじゃよ。だから正直な話、私にもよく解らん・・・が、爺様世代ならば一度地球に来ておるから分かるかもしれんがの」
「じゃあその爺様に訊けばいいね」
「爺様はもう死んでおる」
「なんだよ・・・じゃあ僕はどうやってお前たちの仲間を見つけて、どうやって屠ればいいんだ?」
「おぉ、手伝ってくれるか!」
少女アンリは急に元気な声をあげる、そのおかげで体がビクッと跳ねあがってしまった、急に大きな声を上げないでもらいたい。
「いや言葉の成り行きだよ、例えばだよ」
「それはだな! お主が力を発揮すれば解る! と言うことじゃ」
そう言って再び顔を近づけてくる。
「いや待てよ! 確かに僕、もしくは人間が絶滅の危機にあることは解った! 解ったけど、こんなの軍や国に任せておけばいいんだよ」
「お主は阿呆か、同じ力には同じ力で対抗せんといかんじゃろ。それともなにか? ハリアーにでも乗って敵の母船に突っ込んだり、ラジオで高周波の音楽流して撃退したりするのを夢見てたのかの?」
「お前、本当にこの星に来るの初めてか?」
こいつの言っていることが見たことのある映画に当てはまるのだが、偶然なのだろうか。
「奴らは、私らを見つければ変態し、襲いかかって来る。残念じゃが、もう時間が惜しい、覚悟を決めよ」
ぐっと胸倉を掴まれ僕の方が顔を近づける形になってしまう、顔を背けるも少女アンリはそれ以上はなにもせずに、先と同じように紅眼の双眸でじっと見つめていた。
変態ってなんだよ! って問いたかったが、どうしても見つめられると、目をそらすより見つめてしまうのは、負けず嫌いの僕の悪い癖である。
僕は根性勝負が好きだ。決して根負けはしたくない、逃げたくない。そういう諦めが悪い性格なんだ。
だからそれがお互いの了承の合図だと解ったのは、彼女がゆっくりと唇をふれ合わそうとしてきた時だった。
「や、やっぱり恥ずかんぐっ」
そして僕の唇は幼い少女の唇に包まれた。
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