第11話 ホーンベア




 彼女の顔にかかっている前髪を指で払うと失った意識が戻ってきたのか小さく唸る。うっすらと開いた目はクロトの顔を捉えると驚きのあまり勢いよく体を起こした。


「あっ、起きた?」

「な、ななんで!?」


 敵であるクロトが自分を殺さず側に置いていた。その事実が信じられず疑問に思ったリリィは噛みながらもクロトから少しづつ距離を取る。

 その様子にやはり信用されてないなと悲しくなったがそれは当たり前のことだと首を軽く横に振ってリリィと向き合う。


「ここがどこかわからない上に仲間も近くにいる確証がない。魔獣だって出るかもしれないこの状況に1人でも戦える人をって考えるオレって変?」

「……変、じゃないけど……私は光の国の兵士よ」

「うん。わかってる」


 そう言い放つクロトに疑いの目を向けるリリィ。その目はまるで本当にわかっているのと言いたそうにも見えたクロトは苦笑いを浮かべる。

 無言での会話という名の視線の向け合いが始まりそうになった時、リリィは自分の膝の上に黒い上着が落ちていることに気がついた。


「これ、あなたの?」

「そうだよ」

「……なんで、私に?あなただって体が冷えてるはずなのに」


 疑いの色が消えないオーロラの瞳に視線を向けられるクロトは1度だけ視線を落として空から舞い、地面に落ちている桜の花びらを手に取る。


「君が、君が最初にオレを救ってくれたから」

「え?」


 身に覚えのない言葉にリリィは目を見開く。その様子にクロトは困ったように眉を下げてつつ「君にそんなつもりはなかったと思うけど」と呟いた。その言葉にますますわけがわからなくなたったリリィは首を傾げる。


「どういうこと?」

「恥ずかしいから内緒」

「えー……」


 とても不満そうに頬を膨らませるリリィはもう警戒していないのか上着をクロトに返すと彼の横に座り焚き火で冷えた体を温めた。隣に座ったと言っても人1人分の隙間があるのでまだ完全に心を許していないことがうかがえる。


「これからどうするの?」

「とりあえず他のみんなを探しつつここがどこなのかを調べるよ。ちなみにここって光の国の領土?」

「違うと思う。少なくとも私はこの場所を知らない」


 滝から落ちてきた時点で光の国でも闇の国でもないとは思っていたが改めてそのことを口に出されると自分たちが戦争中、迷子になったというレッテルが貼られて落ち込む2人。


「もう少し休憩したら先に進むもう」

「そうね……っ!」


 彼女は突如背後に振り返り森の奥を睨みつける。尋常じゃない様子にクロトも警戒しつつ何があったのかを聞く。すると彼女は無言で武器を異空間から取り出し戦闘体制に入る。


「来る」

「敵?」

「この場合、どっちの陣営を敵と言っていいのかわからないけど……殺気を感じる。少なくとも好意的ではないわ」


 その言葉を信じたクロトもウェストポーチから小刀を取り出して構える。2人が森の奥を警戒していると大きな足音が走ってこちらに向かってくる。その足音を魔獣だと仮定した2人は顔を見合わせて頷きあった次の瞬間。


「ふざけるな!お前のせいだろう!」

「カエデ悪くないもん!お話ししてくれないあっちが悪いもん!」

「魔獣に話が通じないぐらいで拳を振るうお前に非がある!」

「悪くないったら悪くないもん!」


 とても聞いたことある声が言い合いをしていることに気がついた2人は武器を構えたまま目を点にする。


「えっと、ディデルの声……?」

「カエデの声も聞こえる。何に追われてるんだ?」


 困惑しつつも正気に戻った2人は構えていた武器を下ろした。ただ、武器をしまうことはせず、こちらに向かってくるであろう仲間と魔獣を待ち構えた。

 すると、森の奥から最初に出てきたのは見知った顔の2人。その後ろにはとても大きな熊型の魔獣、全長約10メートルのホーンベアが怒り狂った様子でディデルとカエデを追いかけていた。


「ホーンベア?確かに防御力は高いしツノと爪も鋭くて当たると痛いけど、あんなに全力で逃げなくても……」

「うーん、狼系以外の魔獣を使役するのが苦手なカエデでもホーンベアなら会話ぐらいできるはず……」


 なぜホーンベア如きであんなに焦って逃げているのかわからない2人はますます疑問になり首を傾げる。そんな2人に気がついたのか前から走ってくるディデルは息が切れながらもリリィに向かって逃げるように促す。


「ここでは魔法が思うように使えない!今の僕たちではボーンベアが腕を振っただけで重症だ!」

「クロトも逃げてー!」


 信頼できる仲間から語られる衝撃的な現状にクロトとリリィは顔を合わせて一瞬ポカンとする。しかし、少しづつ状況が飲み込めるにつれて驚愕な顔へと変化し悲鳴を上げながらディデルたちの前を走り、森の外へと向かう。


「魔法が使えないってどういうことなのディデル?!」

「使えないんじゃない!思うように使えないんだ!魔法の威力や効果が今までの半分以下になっている!」

「なんだって!?」


 ディデルの報告に質問したリリィではなくクロトが反応する。

 試しに小刀の刃に呪いを掛けようとしてみたが上手くいかなかった。正確に言えばは魔法はかけられたのだ。しかし、いつもの呪いより効果が少ない上に低く持続時間も短かった。


「本当だっ」

「こっちもダメみたい!」


 彼らは産まれてからこれまで16年という歳月を過ごしてきたがこんなことは1度もなかった。初めてのことに困惑しているとホーンベアが近くに生えていた木を根っこから引き抜くとリリィたちに向けて投げる。


「ウッソォォッ!」


 4人で声を合わせて驚いていると向かっている先から1つの影が彼らの上を飛び越えホーンベアと対峙する。


「おっらよぉ!」


 刀を縦に振るその影は飛んできた木を2つに斬り捨てる。2つに斬られた木はリリィたちが走る両脇の地面に落ちて行くと斬った張本人はホーンベアに向かって駆け出した。


「待てシュウ!」

「はい?」


 いくら素で身体能力が高い鬼人族でも魔法が上手く使えなければ危ない。クロトは焦りが混じった声で止めるが飛び出した体は急には止められない。


「グォオォォッ!」

「しまった!」


 シュウの胴体めがけて伸びる爪に避けられないと感じた彼は刀と鞘で防ごうと構えるがホーンベアの爪が刀に当たることはなかった。


「ハァッ!」


 守りを固めようとしていたシュウの右斜め下から飛び出したミューレ。彼女はシュウを守ように盾を構え、ホーンベアの爪を受け止めた。


「っぅう……キャアッ!」

「おおっと!」


 ミューレも力が出せないのか、いつもなら軽々と受け止められるボーンベアの攻撃に耐えられなかった。

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