第36話 犠牲

 無機質な匂いが消え、土の香りが嗅覚を刺激していた。幼稚園の頃の芋掘りを思い出す。


 どうやら外に出ているようだ。だが、身体の大部分が地面と隣接している。目を開けても真っ暗だ。


 もしかして、死んでしまったのか?身体の痛みを感じない。


 そう思っていたが、体の重みを感じる。幸いにも生きているようだとすぐに分かってほっとした。


 ということは、立ち上がれるのか?そもそも身体を自力で動かせるのか?


 モゾモゾしている感覚はある。土が動き芋掘りの記憶が、どんどん鮮明化される。正直、芋は嫌いだ。だから、芋掘りの時はあまり芋を掘らなかった。


 なのに、家に帰る時には、明らかに量が増えていた。幼稚園生の身長で、芋が大量に入った袋を持って帰るのはなかなかの修行だった。


 そんなことを考えていると、だんだんと視界に僅かな光が入ってくるようになり、身体を動かす感覚も戻ってきた。ゆっくりと肘を上げてみる。そして手を地面について、勢いよく押し上げた。


 「大丈夫だったか?」


 総理のワイシャツはボロボロだった。


 「よかった。てっきり間に合わなかったかと・・・。」


 カイが身につけていた革ジャンも、砂まみれでところどころ千切れている。


 間に合わないとは?一体何があったのか?身体を起こし、辺りを見回した。


 何にもなかった。さっきまでは、奴らの乗り物が所狭しと置かれており、その周りには、何をしていたのかは分からないが、職員が数人はいたはず。


 先ほどまでこの場所は、いわゆる仮設の軍事基地のような装いだった。だが、周りに今あるのは、土や砂、砕けた岩といったところか?


 奴らが存在していた証拠がまるっきり消滅してしまっていた。


 そう、あの冷酷な空気を醸し出していた議長も、ずんぐりむっくりな・・・、あいつも消えてしまった。


 奴らがこんな状況になっているのに、なぜ我々は無事にこの場に存在することができているのだろうか?


 「カイが咄嗟の判断で、おかしなバリアを使ってくれたおかげで助かったんだよ。」


 「まぁ、首相閣下とは距離が近かったから、メガホンレーザーが届くとは思っていたけど、君とはかなり離れたから、正直ダメかと思った・・・。」


 カイも、ほっとしている様子だった。


 「彼らには申し訳ないが、こうならなくて本当によかった。あなたがいなかったら・・・・。正直、あの時はなんのこっちゃ分からなかったくらいだし。」


 総理は色々と、御託を並べた後に手を差し出した。


 「ありがとう!」


 カイは困惑していた。


 「地球では、相手の手をとって握手をするんだ。」


 「いや、それは分かっているが、君が僕にそんなことを言ってくるとは、思ってもいなくて・・・。」


 そう言いながら、恐る恐る握手をした。だが気がつくと、カイは奴の胸ぐらを掴み上げていた。


 「どういうことだ?」


 「なんのことだ?」


 「なぜ、地球外の奴らと繋がっていたことを、今の今まで言わなかった?」


 カイは怒っている。今日一日、いろんな危険なことや、不思議なこと、不気味な出来事に遭遇して、恐怖を感じることも多かった。だが、その中でも特に、戦慄するほどカイの怒りは本物だった。


 「落ち着いてくれ・・・。」


 総理も同じ気持ちだったはずだ。なんなら、下手すれば命を落としかねないとさえ思ったに違いない。


 「指示だったんだ。奴らから明確に指示されていた。誰にも言うなって・・・。特に君のような奴にはと、念まで押された。」


 総理の言葉に、カイは掴んでいた腕の力を緩めた。総理は自由となったが、すぐにその場から動くことはなかった。


 「奴らは僕のことを何て?」


 「いや、我々の他にも地球外のやつがいるかもしれないからとだけ。君たちは悪いやつだから、信用するなとも。」


 総理の言葉一つ一つが、カイの逆鱗に触れるのではないかと、ヒヤヒヤしながら話を聞いていた。


 「正直、私は誰も信用していなかった。この復讐を遂げるために行動していただけだ。だから、奴らとグルだったわけではない。」


 だが、彼は日本がこうなることを知っていた人物だ。


 そんなことよりも奴らは、一体なんのために、総理に接触したのだろうか?


 カイは、頭を抱えている。


 「だが、君のその軽率な行動のせいで、大勢の命が犠牲になった。それだけじゃない。これから大勢の命が失われることになる。」


 そういえば・・・。


 「あの子は?」


 さっきからコンビニ店員の彼女が見当たらない。


 「あの子ってあの証言してた彼女のことかい?」


 言い出しづらそうな総理の言葉に、無言で頷いた。


 「彼女・・・。その・・・、なんて言うか・・・。」


 その反応で大体察することができる。今まで、家族の人数だけこの空気を感じている。


 「彼女は爆発に巻き込まれてしまった。」


 総理はうつむきながら答えてくれた。


 あの光景は、残念ながら見間違えではなかったようだ。


 「彼女が引き金だったみたいだ。彼女がレットストーンを拾いに向かうのが見えて、僕は咄嗟にメガホンレーザーを出せた。」


 カイの言葉に、総理は疑いの眼差し向けた。


 「知ってたのか?あの子が触ると爆発するって。」


 「予想の範疇だった。」


 「そんな話はどうだっていいよ。」


 何をしたって彼女は戻ってこない。跡形もなく消えてしまったのだ。


 「今、残っているのは、僕は彼女を救えなかったという現実だけですから。」


 約束していた。正直、あのコンビニで口にしていたかは覚えていない。けれど、心では約束していたはずなのに・・・。


 やはり、自分の不甲斐なさに嫌気がさす。


 「知り合いだったのかい?」


 総理がそっと声をかけてきた。


 「いや、話したのは今日が初めてでした。」


 気がついたら、声がうわずっていた。


 「君は優しい男だなぁ!赤の他人にここまで涙を流せる人もいないと思うぞ?」


 もしかしたら、天国で彼女がドン引きしているかもしれないと思った。


 「でも、なんで彼女はレットストーンを取りに行ったのか?」


 カイの一言に総理の顔がむすっとしたのが分かった。


 「あの時証言台に立った彼女は、こちら側にいた。つまり逃げる方向とは逆方向に進まないと、レットストーンは手に入らない。」


 確かにそうだった。カイの「逃げろ」と言う号令の後、彼女はわざわざ奴らの方へと戻っていったということになる。


 「復讐だよ。」


 総理が静かに答えた。


 「復讐?」


 「ああ、彼女もあの震災を経験してたんだろ?だったら、誰だって恨むさ。今までこの恨みをどこにぶつければいいのか?どれほど悩んだことか?」


 「それで、晴れたのか?」


 カイが尋ねる。


 「ああ。多少はね。」


 総理は軽く笑いながら答えた。


 多分、半分本当で、半分嘘だ。

 

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