無能なレプリカモンスター ~擬態能力は最強です~

識友 希

第1章「導かれた運命」

第1話「クビになった青年」

「フルス、悪いが今日限りで俺たちの部隊チームを辞めてもらう。お前はクビだ」


 突然の宣告が僕に言い放たれる。

 僕はそれを聞いて身を乗り出し、大声を上げた。


「なっ!急に何言ってんだよ、レイン。冗談だろ?」


「俺は本気だぞ。これ以上お前をこの部隊チームに置いておくつもりはない」


 僕の前にいる長身の男、レイン・エスクードの瞳が鋭く僕を射抜く。その目は冗談を言っているようには到底見えない。

 僕はそんなレインの雰囲気に、言葉を詰まらせる。


「...っ!...りっ...理由を教えてくれよ!突然クビだなんて言われて納得なんてできない!」


「理由だって?そんなの、お前がずっと俺たちの足を引っ張っているからに決まっているだろ。もうお前の無能さには付き合いきれないんだよ」


「は...?」


「まさか、足を引っ張っている自覚すらなかったのか?」


 僕の反応にレインは呆れてため息をつく。


「わかってないなら、お前のせいでどれだけ俺たちが被害を被ってきたのかを教えてやるよ」


 そしてレインはこれまで僕に対して溜めてきた不満を思いっきり吐き出すように話し始めた。


「まず、この前はお前が不注意で音を立てたせいで狙っていた獲物に気づかれて先制攻撃をされたよな。それから、前衛のお前が敵前逃亡したせいで陣形が崩壊して窮地に立たされたこともあった。あと...」


 レインは僕の無能なエピソードの数々を苛立ちながら話し続ける。


「俺たちの仕事は命がけなんだ。安心して背中を任せられない奴をこれ以上俺の部隊チームに入れておくことはできない」


 多少の誇張が入っているが、レインが今並べ立てたことは紛れもない事実だ。この点について僕が弁解する余地はほとんどない。


「た、確かにレインの言う通り、僕はみんなに迷惑をかけていたのかもしれない...。だけど、僕だって自分なりに精一杯頑張ってきたつもりなんだ。それがいきなりクビだなんて...あんまりじゃないか...」


 何も反論できない僕は、せめてもの抵抗を弱々しくそう発言した。

 そんな情けない僕を、レインを含めた仲間達が冷たく見下ろす。


「そ...そうだ...レイン以外の皆はどう思ってるんだ!?他の皆も僕をクビにすることに賛成なのか!?」


 僕は一縷の望みに、レイン以外の仲間達にそう問いかけた。部隊チームのメンバーは僕とレイン以外に3人いる。もしかしたら1人くらいは僕をクビにすることに反対してくれるかもしれない。


「当然でしょ?あんたが何かやらかす度に、こっちはずっと我慢してたんだから」


 僕の縋るような言葉を一刀両断にしたのは、チームメイトの一人であるアイリス・ベイルハート。普段からきつい言い方をするタイプだが、今回はいつにも増して鋭利な言葉を放ってきた。


「ていうか、フルス程度の実力で今までこの部隊チームにいられたことを感謝してほしいくらいだよね」


「まぁじそれなー」


 アイリスの一言を皮切りに、他の2人のメンバー、フェイ・ナーシュンとジェシー・ロージアも口を開く。


「...アイリス...フェイ...ジェシー...」


 僕はうな垂れ、3人の名前を小さく呟く。


「聞いての通り、ここにはお前を残そうって奴は一人もいない。そもそも、お前のクビは俺たち全員で相談して決めたことだ」


「そんな...」


 僕の一縷の望みは粉々に打ち砕かれ、残酷な現実を突きつけられてしまった。

 だが、このまま黙っていても何かが変わることは無いため、僕は諦めずに必死の抵抗をする。


「頼む皆!もう一度チャンスをくれ!これからはもっと努力して皆の足手まといにはならないようにする!だから考え直してくれ!」


 僕はその場に土下座をして、考え直してくれるように乞い願う。

 その姿はこの場にいる全員から醜く滑稽に映っているに違いない。


「うわっ...」


 仲間の1人、フェイが僕を見てそんな声を上げた。顔は見えないが、たぶん心底軽蔑した視線で僕を見ていることだろう。


「チャンスならこれまでに十分やっただろ。お前はそのチャンスを活かせなかったんだ。諦めてくれ」


「そんなこと言わずに頼む!お前たちに見捨てられたら、僕は生きていけないんだ!」


 僕は地面に頭を擦り付け、恥も外聞もかなぐり捨ててそう叫ぶ。


「はぁ...いい加減イライラしてきたわ。こんな奴放っておいてもう行きましょうよ、レイン」


「そうだな。...フルス、本部への脱退申請はこっちでやっておくが、貸与品の返却には早めに行けよ。遅れたら俺たちが責められるからな」


 レインがそう言い残し、4人が僕から離れていく。僕の必死の懇願は聞き届けられなかった。


「はーっ、やっとあのグズから解放されたわ。せいせいするわね」


「アイリスってば、フルスのことそーとー嫌ってるよねー」


「そりゃそうでしょ、今まで散々足を引っ張られたんだから。それにあたし、あいつみたいななよなよしたやつ嫌いなのよね」


「アイリス、気持ちは分かるけどもう少し声のボリューム下げたら?そんな大声だと本人に聞こえるよ」


「別にいいじゃない。もう他人なんだから」


 離れていく元仲間達のそんな話し声が聞こえてくる中、僕はしばらくそのままの態勢から動かなかった。

 今周囲に人影はないが、もしこの光景を誰かが見れば、僕はクビになったことに絶望しているようにでも見えていることだろう。


 *


 部隊チームをクビになった僕は、レイン達が見えなくなってから立ち上がり、そのまま街のはずれにある自宅へと帰った。


 自室に戻った僕はまず鏡の前に立ち、自分の姿を見つめる。そこにいるのは僕、いや、『フルス』のくたびれた姿。ついさっき仲間達に無能だと罵られ不必要だと切り捨てられた、哀れで惨めな存在が映っている。

 そしてそんな自分の姿を見て、僕はさっきまでのレイン達とのやり取りを思い返す。


 もし見ず知らずの誰かにさっきの一件を話して意見を求めれば、どんな答えが返ってくるだろう。

 いくら役立たずとは言え、仲間達から心無い言葉を投げられたフルスのことを可哀そうだと思い、同情するだろうか。

 あるいは、能力不足によってレイン達に迷惑をかけているのだから、切り捨てられるのは当然だとフルスのことをなじるだろうか。


 人によって色々な意見があるだろうが、大体はこの2つの意見に近いものが返ってくる気がする。

 ちなみに僕の意見は後者寄りだ。

 レイン達、特にアイリスの態度には少し行き過ぎたところもあったとは思うが、レイン達が僕を切り捨てたのは人として割と当たり前の行動だと思っている。


 人は生きていくうえで、自分に必要なモノと不要なモノを判断し、不要なモノは切り捨てていく生き物だ。


 例えば、同じモノを売っている店が近い距離に2つあったとしよう。この時、店のサービスの質に差があれば、劣っている方の店は客から不要と判断されて切り捨てられ、いずれは潰れてしまう。

 たぶん、この話を聞いて劣っている方の店に対して同情して手を差し伸べるような人はほとんどいないはずだ。いたとしたもそれは劣っていた側の店に対して事情のある人か、あるいは単純に人助けが趣味の心優しい物好きだけだろう。


 劣っている側の店は、自分の価値を示せなかったから淘汰されただけ。価値の無いものは関係のない他人から見ればゴミも同然なわけで、それが切り捨てられるのは必然だと言える。

 価値のないモノが無くなっても誰も悲しまないし、無くなったことすらもすぐに忘れられてしまう。無慈悲だけどそれは仕方のないことだ。


 そしてこれをさっきの件に当てはめると、今回はその『モノ』が人だったというだけ。今回の件はフルスという『モノ』が仲間に自分の価値を示すことができなかったという、本当にただそれだけの話。

 自分にとって価値のないゴミ同然の『モノ』によって自分に不利益が生じたのであれば、それに対して不満を吐き出すのは当然だ。

 だから、もし今回の件に客観的な審議を下すならば、僕はレイン達のほうに正当性があると考えている。


 というかそもそも、今回の場合はどちらが悪いという話をするのなら完全に僕の方が悪い。

 実を言うと、フルスがレイン達の足を引っ張って迷惑をかけたのも、それによってレイン達から切り捨てられたのも、全ては僕が望んだことなのだ。言うなれば、レイン達は僕の愚かな戯れに巻き込まれた被害者と言っても過言ではない。


 僕は、僕のエゴを満たすためだけに馬鹿みたいなシナリオを描き、それを今実行している。

 そして、僕の描いたシナリオはまだ途中。ここまでの事はのための前座に過ぎない。


 僕はもう一度鏡に映る自分の姿を確認し、そのをそっと撫でる。

 そしてフルスの姿に別れを告げてとある『力』を発動すると、その直後僕のが光り出して体が漆黒の靄に包まれた。



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