第16話 大人の事情
「じゃあ、また暫く留守にしちゃうけど、頼むわね秋生ちゃん、夏海ちゃん」
「あー……僕のことならもう大丈夫だよ、夏海姉さんいるし」
「はい、私にお任せください。秋生に悲しい思いはさせません」
「いやその姉さん、大袈裟だって……」
私はおばあさまと一緒に玄関の外で並び、玄関の中の秋生と話していた。なぜこのような状況になったのか?時は昨夜にさかのぼる──
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「えっ、おばあちゃんまた海外に行くの!?」
「ごめんねぇ、秋生ちゃん。夏海ちゃんにお料理教えてあげるに夢中になり過ぎて、言うの忘れてたわぁ」
「そりゃないよ……」
私が"生まれて初めて"作ったハンバーグ料理を秋生に食べてもらってから三日が経った。この三日間、私は手料理のレシピを時間の限りおばあさまから教えてもらった。
「でも、これで秋生に料理をいっぱい作ってあげられる。おばあさま、本当にありがとうございます」
「結果よければ全て良し!秋生ちゃんにいっぱい食べさせてあげてね」
「もちろんです、おばあさま」
秋生が苦笑したのが見えたが、今ではそれでさえ愛おしく感じる。これが家族というものなのか……そう思った次の瞬間。
「……あ」
「姉さんどうしたの」
私の頭の中に、無機質なベルの音が鳴り響いた。私にだけ聞こえる、緊急呼び出し音。
「ごめんなさい、少し席を外します」
「別にいいけど」
「……」
おばあさまが黙って私を見つめていたが、それよりも今は優先する事があった。秋生の部屋に入り、私に届いた"緊急メール"を読み込む。
「これは……!?」
その内容に、さしもの私も驚かずにはいられなかった。
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「それにしても急だね、姉さんの実家から連絡が来るなんて」
「大丈夫だ秋生、一日あれば済む用事だから、明日には戻って来れる」
「あら秋生ちゃん、やっぱり寂しい?」
秋生の顔がみるみるうちに紅く染まった。
「そそそそ、そんなことは……ごめん、やっぱ少し寂しいかな……」
「素直でよろしい」
そのやりとりを聞いて、私まで恥ずかしくなってきた。でも、こんな感情を知る事ができたのも全ては秋生のおかげなのだ。
「じゃ私と夏海ちゃん、駅までは一緒だからタクシーに乗っていきましょう」
「はい、ありがとうございます」
おばあさまはそういってから、スマートホンでタクシーを予約した。初めておばあさまと会ったときから感じていたのだが、この方はITの扱いにとても慣れていると思う。
「それでは行ってくる。冷蔵庫に作り置きのおかずが一日分入っているから、それを食べて待っててくれ」
「ふふふ、私直伝のレシピは冷蔵庫で保存しても味は出来立てそのまま……ばっちりよん」
おばあさまが秋生に向かってウインクした。私もああいった仕草を自然に出来るようになったら、秋生はもっと喜んでくれるだろうか?
「いってらっしゃい、二人とも気をつけて」
玄関で手を振って私たちを見送ってくれた秋生が遠ざかっていく。私はタクシーの窓越しに、彼の姿を限界まで追いかけていた。
「本当に秋生ちゃんの事が好きなのね、夏海ちゃん」
「はい、否定はしません」
随分前からタクシーは無人運転になった。こんなところにもAIは役に立っているのだ。
「ねぇ、あなたの苗字って皆川、だったかしら?」
「はい、仰るとおりです」
タクシーが大通りに出て、速度を上げていく。隣を走るバスも無人運転だ。今はむしろ、人間が手動で操作している車の方が少ないのかもしれない。
「あなた、これから皆川君の"研究所"に戻るんでしょ?」
「!?」
「その反応からして、図星よね」
「どうしてそれを……?」
私は感情の揺れ──人間でいう"動揺"が表情に出ないように制御を遮断したはずだった。なのに、おばあさまは迷う事なく、今日私が向かう目的地を見抜いてしまった。
「あなたたち、相変わらずよね。皆川君も随分出世したようだけど、そういうところはまだまだだわ」
「おばあさま……おばあさまは一体……」
私が問いかけようとした時、タクシーが静かに停車した。
『目的地に到着いたしました。料金の支払い方法を選択してください』
「はいはい、支払いはスマホのキャッシュレスでね」
タクシーのAIが発した無機質な案内ボイスに対し、おばあさまがスムーズに支払いを終わらせた。
「ふふ……そうね、皆川君に"夏海ちゃんと秋生ちゃんの事、よろしくね"って伝えてくれる? そうすればわかるわよ」
「承知しました」
おばあさまはそういうと、地下鉄の駅に通じる階段を軽やかに降りていった。さっきのおばあさまの言葉、どれだけ推論を繰り返しても結論は出ないままだ。
私はおばあさまの真意がわからないまま、"研究所"へ戻るために歩き始めた。
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