第8章:拳と絆、祭りの裏で
第30話:癒えぬ傷と深まる絆
拳聖祭本戦を翌日に控え、俺たちの宿屋の一室は、普段の騒がしさとは違う、静かな緊張感と、温かな空気に包まれていた。
俺、アステラルダはベッドに腰掛け、ジン爺さんによる治療を受けていた。ブリジットとの激闘で痛めた右拳は、ジンが山で採ってきたという秘伝の薬草をすり潰した湿布で覆われている。ひんやりとした感触と、独特の匂いがする。
「ほっほっ。儂の薬草はよく効くぞい。骨に異常はないようじゃから、数日もすれば、また拳を握れるようになるじゃろう。まあ、無理は禁物じゃがな」
ジン爺さんは、穏やかな笑みで言う。彼の知識と経験は、こういう時にも頼りになる。
その周りを、他の仲間たちが心配そうに取り囲んでいた。
「姐さん、大丈夫でやすか……? 顔色が悪ぃぜ……」
ゴルドーが、巨体に似合わずオロオロしている。
「……黙っていなさい、脳筋。アステラルダ様は今、治療中ですよ」
エリアが冷たく言い放つが、その瞳には隠しきれない心配の色が浮かんでいる。彼女は俺の傍を片時も離れず、必要なものをサッと差し出したり、俺の状態を細かく観察したりしている。まるで、忠実な影、いや、それ以上に……。
「アステラルダ様、どうか安静になさってください。警護は我々にお任せを」
ゼノンは、部屋の入り口で、相変わらず鉄壁の守りについている。
「ねぇねぇ、アステラルダ、この泉の水、すごく生命力に満ちてるんだって! 飲んでみて!」
ルルナは、どこかで見つけてきたらしい、キラキラと輝く水を満たした杯を差し出してくる。彼女なりに、回復に役立つものを探してきてくれたのだろう。
「ちくしょう……俺がもっと強ければ、アステラルダがあんな無茶しなくても……!」
カイは、部屋の隅で拳を握りしめ、自分の無力さを噛みしめているようだった。その目には、悔しさと、そして俺への強い想いが宿っている。
(……本当に、世話の焼ける奴らだ)
俺は、そんな仲間たちの様子に、呆れつつも、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。一人で戦うのは慣れている。だが、こうして心配してくれる仲間がいるというのも、悪くないのかもしれない。もちろん、口には出さないが。
「……心配するな。この程度、すぐに治す」
俺は、ぶっきらぼうに言い、ルルナが持ってきた水を一口飲んだ。不思議と、身体に力が漲るような気がした。
「明日の本戦、問題なく出る。お前たちは、自分の役割を果たせばいい」
俺の言葉に、仲間たちは一瞬顔を見合わせたが、やがて、力強く頷いた。
「「「「「はいっ!(うむ!/ほっほっ)」」」」」
その声には、俺への信頼と、共に戦う覚悟が込められているように聞こえた。
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