レクイエム・バレット ~元・神隠し被害者、今は霊災処理屋してます~
藍月しあん
第1話「人形ノ夜」1.夜の車内
車の中は、ずっと静かだった。
ラジオもかかっていない。
スマホも握れない。
ただ、エンジンの低いうなりが、タイヤを通じてじわじわと背中に響いている。
リベリオン社が業務用に使っている車両は、内装に無駄がなくて、妙に殺風景だ。陽は自分の息づかいが反射するくらいに澄んだ窓に、ぼんやりと目をやっていた。
街灯が等間隔に過ぎていく。住宅街の灯りはいつの間にか遠ざかって、窓の外にはただただ、草むらとフェンスと、ところどころくたびれた倉庫の背中が見えるだけになっていた。
助手席。
背筋を伸ばしたままの陽は、気がつけば膝の上で指をぐるぐると回している。緊張で手のひらに汗が滲む。制服の袖にじんわり湿気が染みて、ちょっとだけ息苦しい。
(はぁ……だめだ、緊張しすぎ……)
小声で吐き出した息が、車内の空気に混じってすぐに消える。
運転席の男――鶴矢先輩は、相変わらず何も喋らない。というか、陽の存在そのものを完全にノイズとして処理しているような無反応っぷりだ。
なにか話したほうがいいのかな、と何度も思った。
でも、そのたびに、言葉が喉の奥で引っかかって戻ってくる。
(ええと、こういう時って、業務連絡とか、確認とか、した方がいい……?)
(でも話しかけて変な空気になったらいやだし……)
(いやでもこの空気、既に充分変だから別に今さらかも……)
脳内が小さな作戦会議を始めてしまい、そのせいで余計に手が落ち着かなくなる。
鞄の中にあるのは、
何度も訓練は受けた。撃ち方も構え方も符の交換も、身体が覚えてる。
でも。
(実戦は初めてだ)
この世界の本当の“怖さ”は、まだ見たことがない。
銃を持ったからって、それが“慣れ”に変わるわけじゃない。
ふと、カーナビのディスプレイに視線をやる。
《目的地まで残り5分》
《旧・三凪人形工房》
件の現場は、10年前に廃業した人形工場の跡地。
近隣住民の間で、“誰もいないはずの工場から人の声がする”とか、“夜中に窓の明かりがついていた”とか、妙な噂が広がり、調査依頼がリベリオン社に舞い込んだ。
報告書には「警報レベルB・軽度霊障の疑い」とあった。
いわゆる“初任務向け”の現場。何も起きなければ、1〜2時間で撤収。
……それでも、陽の心拍は落ち着かない。
と、そのとき。
「警報レベルB。大したことない。……足引っ張るなよ」
低く、乾いた声が響いた。
運転席の鶴矢先輩が、ひと言だけ、そう言った。
淡々としていて、感情の起伏がない。
けれどその言葉は、どこか“温度”を持っていた。
注意でも、呆れでも、嫌味でもない。ただの“確認”。そう感じられたのは、きっと気のせいじゃなかった。
「は、はいっ!」
陽は思わず背筋を正して返事をする。思いきり裏返った声。恥ずかしくて、顔が熱くなる。
鶴矢はちらりと助手席を見た。その横顔は無表情で、視線だけが真っ直ぐだった。
ほんの一瞬だけ、何か言いたげに口が動きかけた気がしたけれど、何も言わないまま、前を向き直った。
(……あ、怒ってはない……っぽい?)
陽は少しだけ息をついて、再び窓の外へと目を向けた。
道の先に、工場の影が見え始めている。
外壁は黒ずみ、鉄のシャッターには所々、風で剥がれたままの立入禁止テープが絡みついていた。まるで、何かが“中にいる”のを、表に出さないように縛っているかのように。
胸の奥がきゅう、と締めつけられる。
(……怖くないって言ったら、嘘になる。でも)
陽はそっと、ポーチの留め具に手をかけた。
中にあるのは3枚の霊符と、自分専用の式弾銃。
手が震えるたびに、銃の重みだけが現実を思い出させてくれる。
(でもこれは、“仕事”なんだ)
そう呟いて、自分に言い聞かせるように、陽はシートに深く腰をかけ直した。
夜が、濃くなる。
最初の任務が、間もなく始まろうとしていた。
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