第7話 現代を生き抜くためには試行錯誤が大事

「──というわけで次回から『パジャママジョジヨマヤジパ』のコスプレで店を盛り上げたいと思いまーす」


「いきなりの展開に付いていけていないのは俺だけか?」


 閉店後のカフェふりー。今日は客足が少なく、少々早目の閉店となった店内で親父が急に言い出した。


「この案は色葉ちゃんから貰ったものだからね。自由の言う通り、付いて来れていないのは自由だけかも」


 親父の言葉に反射的に色葉を見た。


「いきなりどうしたよ色葉。かりゅーどのコスプレは飽きちまったか?」


 ブンブンと物凄い勢いで首を横に振る色葉に対し、そんなに首を横に振って酔わないのか心配になる。


「かりゅーどのコスプレは大好きです。コマチのコスプレも、ロロック様のコスプレをした自由くんと絡むのも楽しい。でも、その……」


 言葉を詰まらせて色葉がこちらを心配するような目で見てくる。


「このままじゃ自由くんが、自由くんの身が……!!」


 ああああああ!! と嘆きの声を出している色葉。急になにがあった。


「落ち着け色葉。俺の身になにがあるんだ?」


「このままじゃ自由くんの自由がじーえんど」


「きょどってる割に人の名前で遊ぶなんて随分と余裕じゃねーか、この幼馴染様」


「ち、違うよ!! い、色葉は本気で自由くんの身を案じているんだよ。アーメン」


「明らかに煽ってきてるよね!?」


「や、ほんと、今のはごめんなさい」


 確信犯かよ。


 色葉は切り替えるように心配そうな顔に戻る。ちょっと怪しいぞ、こいつ。


「その、自由くんが、月影さんにコスプレしているのがバレて、脅迫されてるから……」


「ん?」


 唐突な色葉の発言に心の底からの?マークが飛び出てしまう。


 何でそんなことになっているんだ?


「だ、だってそうじゃないと、学園の三大美女が一人、つ、月影さんが自由くんに話しかけるなんてあり得ない」


 俺が学園の三大美女と話すということは異常事態ってか。ほっとけっ。


「だ、だから、これ以上ロロック様の恰好をするのは危険、です。他の恰好で身を隠さないと!!」


 なんとなく色葉の言いたいことは理解できた。


「つまり、俺がロロックの恰好で月影さんに脅迫されているっぽい。このままロロックの恰好を続けたら、また店に来て脅迫される可能性がある。だから他のコスプレをして身を守れと?」


 コクコクコクと頷いた。


 なんともまぁ壮大な勘違いをしてやがりますな、この幼馴染様は。


「いや、あのな色葉──」


 言いかけて言葉を止める。


 ここで素直に誤解を解くよりも、このまま勘違いしてくれた方が月影さんの秘密を守ることができるのではないだろうか。幼馴染にうそを吐くのは少し気が引けるが、うそも方便とも言うし。


「まぁ、確かに月影さんにはバレたけど、別に脅迫とかはないから安心してくれ。というか、そういうことをするような人でもないよ」


 学園の三大美女の威厳をも守るようにその辺の誤解だけは解いておこうか。俺がそこまで気を使う必要もないとは思うがね。


「で、でも……自由くんと喋るなんて、あや、怪しいよ。絶対なんかあるんだよ」


「色葉の中で俺はどんだけぼっちを拗らせてんだよ。俺だって喋ることくらいはできんだよ」


「念には念を」


 なんでこんなに慎重なんだか。


 やれやれとため息まじりで親父に話を振った。


「色葉の案を簡単に通して良いのか?」


「僕も色葉ちゃんの意見が100%で企画したわけじゃないよ。ここ最近、客足は少しずつ減って来ているからね。それに、ほら」


 説明をしながら親父はタブレットを俺に渡してくる。タブレットにはカフェふりーのSNSのコメント欄が表示されていた。


『ロロック様さいこーのカフェだわ』


『コマチちゃんもかわいー』


『でも、かりゅーどのコスばっかじゃね?』


『わかる。それってどうなん? これじゃコスプレカフェじゃなくてかりゅーどカフェじゃね?』


 そういったコメントがいくつか投稿されていた。


「もちろんロロックとコマチ目当てのお客さんも多いと思うけど、コスプレカフェって名乗っているんだから、色々なコスプレをした方が良いと思ってね」


「なるほどな。確かにこれじゃ非公式のかりゅーどカフェになっちまうってことか」


「そうそう。もちろん定期的にかりゅーどのコスプレもするけど、他にも色々新しいコスプレを開拓しようと思って」


「それにしても、えっと……なんだっけ? 『パジャマでお邪魔』だっけか?」


 親父の言ったセリフを思い出しながら頭をぽりぽりとかいて言葉を発すると、ガシっと強めに服の袖を色葉に掴まれてしまう。


「えっと、色葉、さん?」


「『パジャママジョジヨマヤジパ』」


「なんかの早口言葉か?」


「『パジャママジョジヨマヤジパ』とは。10年前に大流行した幼女向け魔女っ子アニメ。主人公中地四葉なかじよつばちゃんがひょんなことから見習い魔女となってしまい立派な魔女になるために奮闘する物語。同級生の有馬八重ありまやえちゃんとアリス・ジパングちゃんも仲間に加わって、みんなで小学校の問題や魔女の世界の問題を大解決するドタバタ魔女っ子ストーリー。学校編では少々鬱展開も備えつつも、フィナーレは四葉ちゃんの大活躍によって世界は救われる壮大な物語。ちなみに『ジヨ、マヤ、ジパ』とは作中最強魔法のことで、四葉ちゃん、八重ちゃん、アリスちゃんの名前の中にその文字があることによって更なる魔力の解放が──」


「はい、色葉ストーップ」


 急に語り出した色葉に制止をかけるが、彼女の興奮は止まらない。


「──その時の四葉ちゃんのセリフが泣けるんだよ。『ここに出して良いから!! だから、一緒にいこっ!!』このセリフは本当に泣ける。だからこそ、コラ画像で遊んでいるネット住民が許せない。四葉ちゃんのこの神セリフをエロでけなしやがって……四葉ちゃんに変わって色葉がネット住民達にジヨマヤジパを放ってやるんだからねっ!!」


「おーい、戻ってこーい」


 早口過ぎてわけがわからない色葉の頭にチョップをくらわすと、「いでっ」と痛恨のダメージを受けたかのような声を出していた。


「お前の作品愛はわかったから。とにかく落ち着け、な」


「は、はい。すみません……」


 急に語り出したことが恥ずかしくなったのか、色葉は急激にしおらしくなった。情緒の激しいやっちゃな。


「色葉の熱い思いは伝わったけど、親父はそれで良いのか?」


「ま、色々やってみて良いと思うよ。僕もそのアニメ覚えているけどかなり流行ったし、今でもファンは多いと思うから」


 親父はアンバランスな身体をしていても、頭の中のバランスは取れているみたいだ。自社利益と顧客利益。カフェ収益と従業員満足を考えた結果の答えなのだろう。ま、カフェの店長という名の社長だし、それくらいは考えていて当然か。


「自由は? それで良い?」


「俺は親父と色葉がそれで良いのなら文句はない。ただ、今回、俺はコスプレをしないのか?」


「え、なんで? 自由くん魔法少女のコスプレしないの?」


「するかっ!! 俺はまだコスプレ初心者だぞ!! まだその領域には達してない」


「殻、破ってこっ☆」


「こういう時だけガンガン押してくるなよ、幼馴染!!」


 俺の必死の抵抗でなんとか魔法少女の恰好は免れたが、色葉が不適に笑っているのがものすごく怖いんだけども。

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