第6話 心、射抜かれて
——さて、そろそろかな。
右手を握っては開き、開いては握り——それを何千回と繰り返し、ようやく感覚が戻ってきた。
よし、もう右半身は何の問題もないだろう。——次は左だ。
左手を握り、開き、また握る。何度も何度も同じ動作を反復し、久しく閉じられていた神経に魔力を通わせていく。
幾度も幾度も。飽きることなく。筋肉の動きや魔力の流れを確かめるように。
入念に。ゆっくりと時間を投資して。焦っても何もいいことはない。
——ああ、でも。認めよう。
逸る気持ちは確かにある。
だからこそ、焦るなと自らに言い聞かせねばならない。
——そうだ、焦るな。
想いは口にするだけでいい。
「ああ、早く会いたいよ。僕の——」
見渡す限り何もない、ひたすら真っ白な空間の中。
「——僕のプリンセス・アズール……」
魔王の声だけが、寂しく響いた。
◆
梓希はシンクと二人、森の小道を行く。たまに木の根が地表まで盛り上がっている場所があり、気をつけていないと足を取られてしまう。一度転びそうになってシンクに支えてもらった手前、二度はすまいと心に誓っている。恥ずかしいから。
その道すがら、梓希はシンクを質問攻めにして、現状を理解するための基礎的な知識を得た。
それらを整理すると、まず自分は巫女という肩書きでこの星——世界に連れてこられたらしい。
そして、この世界では魔王という存在が現れる度に巫女を召喚し、勇者と呼ばれる者が巫女のバックアップを受けて魔王を封じていた。巫女とはそういうシステムの一つの歯車なのだという。
前回魔王を封じたのは50年前。魔王がいなくなると、不要となった巫女は元いた世界へと送り返され、勇者は勇者たる資格を失った。
——そして平和が訪れたのも束の間、今回、また魔王が復活してしまったのだとか。
「封印って、時間で解けるものなの?」
足元の木の枝を避けて歩きながら梓希は訊く。
「有限には違いないだろうけど、いくらなんでも早すぎる。前回何らかの不備があったか、誰かが封印の枠組みに働きかけたか——その辺は今マクスウェル様が調べてると思う」
「……その人は?」
「あー、偉い賢者のお婆ちゃん。碌な人ではないから、あまり近づかないように」
「……今回も、魔王を封じれば、あたしは戻れるの?」
「………………」
「なんで黙るのよ」
「…………俺さ、アズと会えなくなるの嫌なんだよね」
「——————」
梓希の時が一瞬だけ止まり。
「ふふ、そんなこと言ってくれるんだ」
花のような笑みを向けられ、シンクは思わず感情の迸るまま——彼女の背に腕を回し、その身体を抱きしめた。
「ちょ、ケダモノ……!」
動揺した声がシンクの耳朶に届く。
「——前回、魔王を封じて後悔した。もう二度とアズに会えないのかって絶望したよ」
今度は彼女を失いたくない。そう思うと、抱く腕に力が籠る。
「はぁ……」
少しの間、梓希は抱擁に付き合って。
「シンクの気持ちは分かったから、いったん離して?」
「……ごめん」
「まあ、いいけどね? 結構好きそうじゃん、あたしのこと」
「いやいや、めっちゃ好きだよ」
「え。てかシンク、彼女とかいないの?」
「いないわ!」
「……勇者なのに?」
「勇者になったら彼女ができる——そう思ってた時期が、俺にもありました……!」
「ウケる」
「ウケてんじゃねえ……」
「あたしが相談乗ってあげよっか?」
「いいよ別に。俺はアズが——」
「あたしが思うにだね」
「聞いてない……」
こめかみに人差し指を当てて考える素振りを見せていた梓希は一拍置いて、指鉄砲を作るとシンクに向けた。
「シンク、変態すぎるんじゃない?」
そして撃つ。ばきゅん。ウインクも添えて。
「うっ……」
シンクのハートを撃ち抜いて、梓希は銃口を模した人差し指にふぅ、と息を吹きかけた。それから辺りを見回して、
「ねぇ、まだ着かないの?」
「え? あー、もうちょいってとこかな」
「もうちょいね。それならよかった」
「疲れたらおんぶしてあげるから」
「うーん、考えとく」
こいつ変態だからな、なんて隣を歩く少年に思いを馳せて、梓希は嫌な仮説に思い至ってしまった。
「えーと、シンクくん」
「なんすかアズさん」
「魔王を蘇らせたのって、キミじゃないよね?」
「——————は?」
「だって、そうしたらあたしに会えるんだもんね。なんか、もしかしたらって」
「…………その手があったか!」
「え? いやいやいや、冗談だから、ね? ええ? 顔がマジ? まってまって、別の人が召喚される可能性もあるわけだよね? 落ち着こ?」
「落ち着いてるわ。てかもう魔王は復活してるし、アズもこっち来てるじゃん。今思い付いても意味ないでしょ」
「まあ、そっか」
梓希は短く息を吐く。ほっとした——なんだかんだシンクは勇者だもんね、と安堵する。もし魔王の復活に一枚噛んでいたらちょっと怖かった。
今回も、あんなことを言ってはいるが、ちゃんと魔王を封じてくれるのだろう。
その時が来たら、きっと——。
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