第26話 「雷」


チサトにギンという息子が生まれた。



ウリュウはイサハヤからの文を読んで、都への商いの日にサイとセナを連れて訪れた。



立派な平屋の大広間にチサトは白い布に包まれたギンを抱いて笑っている。


それを見てウリュウは何故か膝が砕けそうになりながら近寄る。


「あはは!

足がもつれてるじゃないかウリュウ伯父さん。

大丈夫かい?」


元気そうな姉を上目遣いで見みながら、その足元に正座した。


「お前もギンも元気そうでなによりだ。」


「まあね、

わざわざ悪いね忙しいのによってもらっちゃってさ。」


「何を言う、当たり前だ。

それにしても大きい赤子だな、さぞ大変だっただろう。」


「あの人の子なんだから覚悟してたよ!」


そう言って、ウリュウの腕の中にギンを抱かせた。


「本当だ、それにイサハヤさんと同じ赤色の髪ね。」

セナが横から覗くと、ギンはセナの水色の髪を握って笑った。


「ああ、ごめんよ今は何でも触るんだよ。」


チサトは困った様に言ったが、引っ張られてもセナは嬉しそうに笑う。


「わあこの子、手もとっても大きいわ!」


「どれどれ?」


セナとは逆から侍女とイサハヤに手土産を渡し挨拶を終えたサイが覗き込む。


チサトの話をウリュウから聞いた時サイは今までにないほど喜んでいた。

ギンを慣れた手つきで抱くと、まるで孫を抱いているかの様に穏やかに微笑む。


「ギン、お前のかあちゃんのチサトはなぁ。

色々大変だったのにお前を産んだんだぞ。

きっと丈夫で立派な体になる、よかったなあ。」


サイは若い頃三人子供が欲しかったのだが、ウタが流行り病にかかって子供を授かれない体になってしまったそうで、

チサトが病にかかってしまった時はその事もひどく心配していたのだった。


しかし立派な赤子を見た安心からか、サイは次第に涙ぐんでよかったよかったと

美しい涙に頬を濡らしてチサトを祝福したのだった。


その表情にチサトも感謝の気持ちを述べては嬉しそうなサイの顔を眺め、戸口に立つイサハヤと顔を見合わせて笑った。










「何でギンという名にしたんだ?」

ウリュウはチサトに尋ねると、チサトは開かれた戸から見える庭の紅葉を眺めながら答えた。


「この子が生まれる時、雷がすごくて

その光が銀色だったから…。」


「そうか、

それにしても雷にも動じる事なく産むとは…

流石チサトだ。


良い名をもらって良かったな、ギン。

丈夫に育ちそうだ。」


そういうとウリュウはギンの頭を撫でた。


「…お前のウリュウという名もな、うらやましいぜ。」


口数の少ないイサハヤが後ろから呟いた。


ウリュウはイサハヤに顔を向けると首を傾げる。



「…祖国の一部では息子や弟に自分の名を与える風習がある。

俺はずっと欲しかったぜ、その名前。」


イサハヤの穏やかな顔には寂しさと複雑な感情混じっているのが見えた。


「あたしはイサハヤでいいと思うよ。

ウリュウが二人いたら大変だよ、

…ねぇ?」


チサトはサイから受け取った息子の顔を覗き込み問いかけるように言うと、

ギンは嬉しそうな声を出して喜んだ。


「どう言う意味だ…。」

ウリュウはため息混じりの声でつぶやくが、

チサトははきはきと答える。


「引っ込み思案のくせにお調子者で、

無理ばっかして周りに心配かける奴になってたかもね?」


それを聞くと、違いないとイサハヤは失笑した。


「まぁ、

それが優しさなんだって事も、

誰かのためって事もあたしはわかってるけどね。

不器用な弟。」


チサトを見上げていたセナはうれしそうな顔でサイもにこにこしながら頷いた。

ウリュウはきはずかしくなって誰の顔も見ずにその場で項垂れた。


その日はそのまま商いを行い、夜はイサハヤの家で一晩過ごし、次の日の早朝都を立つことにした。





ウリュウは朝日が昇る前の誰一人いない都と同じように薄い霧が頭にかかったまま、

チサト達に別れを告げて街道を通り抜け赤や黄色に染まりかけた木々の山道へ帰路に着いた。



一行は曇り空の下途中休憩をとりながら秋へ様変わりしていく風景をながめ、進む。


ウリュウはふと思い立つと、ハルの馬屋の近くで荷車を止めてもらい弓の道具を持って馬借を降りた。


「ウリュウあそこ見てみろ、すんげえ黒い雲だ。

訓練なんてすぐ出来なくなるんじゃないのか?

間違っても鉄の鏃なんて使うんじゃあねぇぞ。

雷にうたれるかもしれねぇから。」


「ああ、気をつける。

お調子者と引っ込み思案に無駄死にまで付け足されたら叶わん。」


「真面目にいってるんだよ、

せっかく可愛い甥が生まれたんだからな!」


「ウリュウ、無理はしないでね。」


心配するセナを見ると、ウリュウは苦笑いをした。


「チサトを見ていたら落ち着かなくなった。

居ても立っても居られないような気持ちだ…。

あのように、なにかやり遂げたい。」


自分に言い聞かせるように言うウリュウにセナは笑う。


「いいじゃない、ウリュウはウリュウなのよ。」


「…できることはやっておきたい。

セナ、家で待っていてくれ。」


ウリュウを見てセナは頷いた。


「わかったわ。」


セナは雷鳴の響く黒雲の下

草原をかけていき遠くなるウリュウの背を見つめていた。


「さ、俺たちは村に急がねえとなあ、

今にも一雨きそうだ。」


サイが片手をあげると友人が荷車を再び走らせる。


セナは雨の匂いのする風になぶられる髪をこめかみで押さえ、この穏やかなまま時が止まればと願うのだった。

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