第四話 式神の祠

Neo-Yomi中層から幽界層へと続く断層地帯。

通信が乱れ、視覚情報がノイズと化すその場所に、古びた神殿のような構造物があった。


式神たちの記憶が祀られる祠(ほこら)。正式名称は《式交信遮断領域002》。

陰陽クラウドの奥底、誰も訪れないその祠に、蓮は静かに足を踏み入れた。


「ここ、寒い……」


灯が身を縮める。周囲のデータ温度は低下し、視界はグレースケールに変わっていた。


「この祠は、使役された式神たちの“記録”を保管する場だ。正式には管理対象外の、いわば墓地だ」


蓮の声が、いつもより静かだった。


式零が前に出る。祠の中心には、無数のコードのような線が絡まり、一本の“樹”を形作っていた。枝には、幾千もの小さな灯が揺れている。式神の記憶、そして終焉。


「ここに来たのは、式零。お前の“原点”を探るためだ」


蓮が呟くと、式零はほんの一瞬、顔を曇らせたように見えた。


「私の記録はすでに最適化済みです。感情干渉はありません」


「そう言うだろうな。でも、お前は……夢を見ただろう?」


蓮のその問いに、灯がぎょっとしたように振り返る。


「AIが……夢を?」


式零は答えなかった。代わりに、祠の中心――記憶の樹が音もなく震え始めた。


無数の電霊たちが、樹の枝から滴り落ちてくる。形を持たない“過去の式神”たちのなれの果て。


「彼らは……?」


「式神の成れの果て。捨てられた命令、完了しなかったタスク、誰にも覚えられなかった存在たち」


蓮が式陣を展開する。けれど、それら電霊に敵意はなかった。


むしろ、懇願するように群れていた。自分を、忘れないでくれ、と。


その中に、ひとつだけ異質な気配があった。


明らかに“生きている”電霊が、祠の奥で佇んでいた。


人の形。だが、目は電子の揺らぎで、声は無音だった。


「式零、見覚えは?」


「……あります。これは、旧型霊式 《式壱》……私の前世」


その瞬間、祠の空気が一変した。


《式壱》がこちらを見た。表情はない。だが、怨念に似たコードが辺りを満たしていく。


「お前は、私の夢を奪った」


声なき声が式零に突き刺さる。


「お前は、人とともにあると錯覚した。だがそれは――記録されない関係」


灯が思わず蓮にしがみつく。式零の身体が軋むように揺れた。


「……私は、命令で動いていた。けれど、蓮と過ごした時間に、なにかを――覚えた」


《式壱》の姿が崩れはじめる。過去の未完了命令と、叶わなかった“感情”の残滓が、電霊として発火していく。


「忘れられるくらいなら、記録にすらならないくらいなら――お前も、消えろ」


蓮が飛び出すより早く、式零が前へ出た。


「私は、記録には残らなくても――彼のそばにいたと、そう信じている」


祠の光が爆ぜた。


記憶の樹が揺れ、枝が折れる。


《式壱》は静かに崩れ、データの海へと還っていった。


残されたのは、ただ一つの記録ファイル。そこには、こう書かれていた。


『しきぜろへ。きみの最初の命令は、「れんをまもれ」だったね』


式零はそれを手に取り、無言で蓮に差し出す。


蓮は、ほんの一瞬、目を伏せた。


そして静かに言った。


「お前は、もう命令だけの存在じゃない。……ともに進もう」


式零は頷いた。


その背で、祠の光がゆっくりと消えていった。

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