第50話 再びの帝都

 反体制組織「カピナ」の頭領であるトゥ―レと話すうち、カレヴィは自身が国を出た時とは状況が変化していることを知った。


「ここ数か月ほど前から、帝都では小規模だが市民による暴動が頻発している」

「なんと……民衆の不満が、モルティスに対する恐怖によってでも抑え込むことができなくなりつつあるということでしょうか」


 トゥ―レの言葉に、カレヴィは驚いた。彼が最後に見た帝都は、物乞いが増え、活気のない様子で、とても暴動など起きるとは思えなかったものだ。


「いつか、こうなるとは言われていたがな。また、頻繁になった暴動を取り締まる兵士たちは疲弊していて、今や取り締まるふりだけしている者も少なくない」

「国外からの侵略者が相手ならともかく、自国の民を相手にしなければならないのは、兵士たちも辛いでしょうからね」

 

 カレヴィは、かつての自分と同じく国の為に働いているであろう兵士たちを思い、唇を噛んだ。

 

「だが、市民だけでなく、国に仕えている者たちの心も離れつつある今が好機だ。カレヴィたちも、我々と共に帝都に移り、蜂起に備えてもらいたい」

「承知しました。もちろん、私には先鋒を務めさせていただきたく思います」

「ああ、頼りにさせてもらう。『一騎当千のカレヴィ』が我々についたとなれば、この『カピナ』の士気も上がるだろう」


 トゥ―レの要請もあり、カレヴィ一行は帝都に作られたという「カピナ」の拠点へと移動することになった。

 かつて砦跡から帝都へと続いていた地下道を利用した為、帝都への潜入は、思いのほか容易だった。

 そしてカレヴィたちは、トゥ―レと共に帝都における「カピナ」の拠点に入った。


「ここは、組織の協力者が所有していた屋敷だ。外見は廃墟のようだが、拠点は地下にある。ここ数年の間に、我々は帝都にも、このような場所を幾つか作った」


 トゥ―レの言う通り、地上にあるのは元は貴族の別宅と思われる廃屋だが、地下には大きな空間が広がり、組織の構成員たちが忙しく立ち働いている。


「協力者や魔導具のお陰で、あんたたちの活動がやりやすくなっているんだろうけど、それにしても、よく魔女に気付かれずに済んでいるものだな」


 案内された地下拠点を見回し、イリヤが興味深そうに言った。


「モルティスは傲慢なところがあって、いざという時は自分の力で捻じ伏せればよいと考えているらしい。まつりごとも、興味のない部分は官僚たちに丸投げだし、隙があると言える。魔女の弱点は腹心の配下といった者がいないところだと、我々は考えているんだ」


 説明しながら、トゥ―レは片方だけ残っている緑色の目で、カレヴィたちを見た。


「その『魔女自身の力』が余程のものという訳だね」


 ティボーの言葉に、イリヤが眉根を寄せた。


「ああ、ガキの頃、あの魔女が俺たちの集落を襲ってきた時……魔法の光と炎で家々が焼き尽くされ、たった一晩で大勢の人が死んだ。見せしめの意味もあったんだろうな。ジーマは、あっという間に降伏して魔結晶の鉱山を含む領土を差し出したって聞いてる」


「ジーマを含む周辺諸国も、長年モルティスに苦しめられていると言えるな」


 カレヴィが言うと、トゥ―レは頷いた。


「我々は数年かけて協力者を集めた。金銭や物質的な援助者だけではなく、魔法を得意とする者や、イリヤ君のような治癒術師、王宮内部の情報を流してくれる者たち……国の外側から崩すのは困難だが、内部にいる我々だからこそ、できることがある」


 トゥ―レの計らいにより、カレヴィたちには拠点内の部屋が二つ与えられた。


「むさ苦しいところですまないが、こちらを使ってくれ。必要なものがあれば言って欲しい。後ほど行われる作戦会議で、皆に君たちを紹介しよう」


 そう言って、トゥ―レは側近のラウリと共に去っていった。


「……当然のように私とリーゼルが同室ということになっているが、私はティボーたちと一緒のほうがいいのではないか?」


 宛がわれた部屋で、リーゼルと二人きりになったカレヴィは、おずおずと言った。


「どうして? カレヴィは、まだ身体が女性だから問題ないでしょ?」


 リーゼルが、きょとんとした顔でカレヴィを見上げた。


「そういうものか……一応、自分が男だと明かした以上は、男として扱われるものと思っていたからな」

「あ、ごめんね。女性扱いは、嫌だよね。知らなかったとはいえ、私もカレヴィのこと、ずっと女の子として接してきたけど」


 申し訳なさそうに、リーゼルは俯いた。


「いや、そういう意味ではない……君と一緒にいられるのは、正直言えば嬉しい」


 言ってしまってから、カレヴィは少し恥ずかしくなって頭を掻いた。


「私も、カレヴィと一緒にいられるのは嬉しいよ。でも、早く元に戻れるといいね。私も頑張らなきゃ」

「それなんだが……」


 無邪気に自分を見上げてくるリーゼルに、カレヴィは言った。


「君には、あまり無理をしないで欲しいと思っている。曲がりなりにも、モルティスは君の血縁でもある。正面から戦うのは、私に任せて欲しい」

「モルティスと私に血の繋がりがあること、気にしているの?」


 リーゼルが、真顔になった。


「私の家族は育ててくれたお父様とお母様、それと産んでくれた両親も……でも、モルティスに対しては、何の感情も湧いてこないの。血が繋がっているだけの他人、としか言えないわ。だから、それについては心配ないよ」

「リーゼル……」


 カレヴィは、そっとリーゼルの肩に両手を乗せた。

 重荷を背負いながらも、それを感じさせまいと気丈に振舞う彼女を愛おしく感じると共に、守らなければという気持ちが、カレヴィの胸に溢れた。


「それに、私はモルティスにとって『災いをもたらす者』よ。カレヴィにとっての『お守り』になれると思えば、むしろ好都合じゃない。カレヴィも言っていたでしょう、自分の生き方は自分で決められるって」


 リーゼルが、そう言って微笑んだ。


「ありがとう。君の気持ちが嬉しい。しかし、やはり無理はしないで欲しい。君は、私にとって大切な人なのだから」


 カレヴィの言葉を聞いたリーゼルが、彼の胸に、ゆっくりと頭をもたせかける。

 そんなリーゼルを、カレヴィは優しく抱きしめた。

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