第23話 少年の剣

 剣術大会の本戦とあって、闘技場は前日に増して賑わいを見せていた。

 観客たちの歓声に、飲み物や軽食を売り歩く売り子の声と、場内は活気に満ちている。

 ティボーと共に待機所で出番を待っていたカレヴィは、近付いてくる者の気配に振り向いた。

 そこに立っていたのは、出場資格ぎりぎりであろう、まだ十代の少年だった。

 きちんと刈った茶色の髪や、清潔感のある身なりから、ある程度よい家の出と分かる。

 筋肉の付き方が普段からの鍛錬をうかがわせるが、若さゆえの線の細さは隠しきれていない。


「あなたが、カレヴィさんですね?」


 ひどく緊張した面持ちで、少年が言った。


「俺は、ニコといいます。一試合目の相手が、あなただと聞いて、顔を見に来ました」

「そうか、よろしく頼む」


 少年――ニコの真面目そうな様子に好感を抱き、カレヴィは微笑んだ。

 

「女性だからといって手加減はしません。俺は、あのダリオを倒さなければならないので」

「おやおや、本人を前に勝利宣言かい。強気だねぇ、少年」


 ティボーが、ニコの強気な発言に半ば呆れたような顔をした。


「ニコも予選を突破してきたなら、若くても、かなりの腕なのだろう。それくらいの気の強さがあるのは、良いことだ」

 

 カレヴィが言うと、ニコはわずかに頬を赤らめた。


「……ダリオの試合が始まりますね」

 

 ニコの言葉に、カレヴィも試合場へ目を向けた。

 試合の行われる舞台にダリオが現れると、観客席からは一層大きな歓声が上がった。

 三年連続優勝という肩書が大きいのだろう。

 対戦者も、ダリオに負けず劣らずの堂々たる体格だ。

 審判の合図で、試合が開始された。

 

「両者ともに、力押しという感じだな。あの体重を乗せた一撃を、もろに食らったなら、防具を着けていても負傷は免れないだろう」


 ダリオたちの戦いを見ながら、カレヴィは呟いた。


「あのダリオという男、連続優勝と聞いたけれど、技巧は然程さほどでもなさそうだねぇ」


 ティボーが、いぶかしげに首を捻った。

 何合か打ち合った末に、対戦者の大振りな一撃をかわしたダリオが、相手の胴を横薙よこなぎにする。

 紙一重でかわされるかと思われたダリオの剣が、対戦者の脇腹に食い込んだ。

 対戦者はたまらずに膝をつき、参ったと言うように手を上げた。

 しかし、その肩口へ、ダリオは更に一撃を見舞った。


「勝負あり! 勝者、ダリオ!」


 慌てた様子の審判に制止され、ダリオは肩をすくめた。

 地面に倒れた対戦者が、係員たちによって担架で救護室へと搬送されていく。

 最後の一撃は無防備に近い状態で食らった為、負傷の度合いも軽いものではないと思われた。


「既に勝負はついていたというのに、執拗に追い討ちするとは……」


 ダリオの戦いぶりに、カレヴィは不快感を覚えた。


「あいつは戦いが好きというより、他人を痛めつけるのが好きなんだろうね」


 ティボーも眉をひそめている。 


「兄さんの時と同じだ……あいつの所為で……」


 傍らにいるニコが、低い声で呟いた。


「君の兄さんも、ダリオと戦ったのか?」

「はい。去年の大会の本戦で……兄は降参したのに、さっきのように追い討ちを食らわされて大怪我をしたんです。最近になって、やっと剣を振れるくらいには回復しましたが、こんな試合には当分出られないって」


 カレヴィの問いかけに、ニコが怒りで顔を歪めながら答えた。


「でも、そもそも、おかしいんです。兄は、うちの剣術道場の師範代で、技術だって、ダリオなんかより凄くて……」

「お兄さんは、試合について何か言っていなかったか?」

「そういえば……ダリオと戦っている時は、間合いの感覚が狂ったと言ってました。当たると思った攻撃が全然当たらなくて、避けられた筈の攻撃を食らってしまったって」


「優れた技術の持ち主と戦う時は、そんな風に感じることもあるよ。だが、ダリオは技巧派という感じではなさそうだし、何かあるかもしれないね」


 ティボーの言葉に、カレヴィは、なるほどと頷いた。


「ええと、カレヴィさんとニコさん~! そろそろ試合の準備をお願いします」


 係員の呼び出しを受け、カレヴィとニコは試合場へと向かった。


 舞台の上で向き合ったカレヴィとニコの姿に、観客席から歓声が上がる。


「女の子と子供の戦いかぁ」

「やだ可愛い~!」

「馬鹿言うな、本戦に出てくるくらいだ、見かけによらんぞ」

「どっちも頑張れ~」


「よろしくお願いします!」


 ニコが、そう言って剣を上段に構えた。

 普段の修練が現れた美しい構えだと、カレヴィは思った。


「こちらこそ、よろしく」


 カレヴィも、剣を構えた。

 半身になって左肩を前に出し、剣は右後方へ引いた、いわゆる脇構えだ。

 一見、左半身が無防備で隙が大きく見えるものの、相手が狙う部分を予測して後の先カウンターで対応できる利点がある。

 

「では、開始!」

 

 審判の声と同時に、ニコが素早く踏み込んでくる。

 年齢に似合わぬ身のこなしに、カレヴィもいささか驚いた。

 ニコによる上段からの鋭い打ち込みを、カレヴィの剣が迎え撃ち、弾き返す。

 

――ああ、昔の自分を思い出すな。


 ちょうどニコと同じくらいの年の頃、カレヴィは軍を引退した養父に毎日鍛えられていた。

 手合わせの際、全力でかかっても、歴戦の戦士である養父には軽くいなされてしまっていた。

 それでも、養父から一本でも取りたくて、何度も挑んでいった自分と、ニコの姿が重なった。

 ニコもまた、数え切れない斬撃を繰り出し、それらを全て弾かれかわされても諦める様子はない。

 ダリオと対戦し彼を倒すという目標が、ニコに力を与えているのかもしれない――養父から両親の死について聞かされ、復讐を誓った時のことが、カレヴィの胸によみがえる。


――それでも、私とて負けてやる訳にはいかない。それが、このニコに対する敬意だ。


 ニコが放った渾身の斬撃をカレヴィの剣先が捕らえた。相手の剣を絡め取るようにして弾き飛ばす、カレヴィの得意技だ。

 自分の手を離れて地面に転がる剣を、ニコが呆然と見つめる。


「勝負あり! 勝者、カレヴィ!」


 審判の声に観客たちが沸き立つ一方、ニコは膝から崩れ落ち、項垂うなだれた。

 カレヴィはニコに歩み寄り、手を差し伸べた。

 顔を上げたニコは、悔しさのあまりか涙を流している。


「……俺、てんで弱いんですね。全く歯が立たなかった……でも、勉強になりました」

「いや、見事だったぞ。このまま修練を積めば、君は私などより強くなれるかもしれないな」

「ありがとうございます」


 そう言ってわずかに微笑んだニコは、カレヴィの手を取り、立ち上がった。

 舞台の上の二人を、観客たちの拍手が包んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る