32.飛竜の背から
飛龍部隊は、フォルツァを辺境伯として押し上げた一角である。
魔物の中でもごく稀に、人の意を汲み、人とともに過ごすものがある。その中でも飛龍は気難しさはあれど、それを手に入れれば人にはできぬ空を駆けることをしてみせるのだ。
フォルツァはこの飛龍保有数が大陸全土でも一番であり、練度も素晴らしい。
「セラフィーナが急いでいるのだから、王宮の飛龍を飛ばせばよいものを」
お父様がグチグチと文句を言っているが、あれは国のものであり、私的に利用できるようなものではない。
「それよりお父様、私、久しぶりのお兄様が騎手なのは不安なのですけれど」
普段から飛龍部隊を率いている騎手にお願いしたい。
だが、私の言葉に右を行くお父様と、左を行く兄が同時にこちらを向いた。
「バカを言うな! 私の可愛いセラフィーナをる、ルーカス、くっそ、ルーカス以外と二人きりになんて、空の上ともいえど、そんなことはさせんっ!」
「愚かなりセラフィーナ。嫁入り前の娘が婚約者以外で飛龍に二人きりなどさせるわけがないだろう。ルーカスに顔が立たぬ」
微妙にお父様はまだルーカスが婚約者なことに納得していない。隙を見てフォルツァと同じような訓練をさせようとするので、いつも私が彼を逃がしていた。お父様はやり過ぎる。
「確かに飛龍は久しぶりだがな、私の腕は落ちてはいない」
飛龍たちが休んでいる厩舎に着くと、お兄様は迷わず一番奥の飛龍に向かった。
飛龍はだいたいが暗褐色をしており、とはいえ個体ごとに微妙に色味が違っている。兄様がいつも乗っていたのはさらに黒みが強い、ブラックローズという名の雌の飛龍だ。
兄様が近づくと鼻を鳴らし、喉を鳴らした。
「久しぶりだブラックローズ、きちんと手入れをしてもらっているようだな。相変わらず艶やかな表皮だ」
兄様が手を差し伸べるとそこへ鼻先をこすりつけている。
ふむ。信頼関係は問題ないようだ。
「ブラックローズ、今日は兄様と私を乗せてもらうわ」
同じように近づくと、それまでの従順な態度から一変して暴れ出す。咆哮を上げて他の飛龍たちも金属で作られた厩舎の中で暴れた。
「ブラックローズも喜んでいるようですね」
私が言うと、お父様と兄様がじっとりした視線を浴びせてきた。なんだ。何か心配事があるのか?
騎手たちがやってきて、それぞれの飛龍を落ち着かせるよう動いていた。飛龍たちとセラフィーナは昔から戯れていたので、この厩舎も久しぶりでウキウキした。
「うちの飛龍たちは騎手がいなくなれば自分でここまで帰ってくることもできますし、私が一人で乗っていけばいいのでは?」
正直飛んでいる魔物も多いのだ。帰りの兄様の身を心配してしまう。
「……そなたが騎手となったとて、ブラックローズと目的地に着けるとは思わないのだ。大人しく私の後ろで座っていろ。――ブラックローズ、不満もあるかもしれぬが、緊急事態なのだ。頼む」
ああ! もしやこれは、ブラックローズが兄様以外の女性を乗せることを拒否しているのか。以前聞いたことがある。騎手の婚約者が挨拶しに来たら、それはもう大惨事になったと。
「ブラックローズ、私は婚約者がいます。兄様のパートナーである貴方の立場を脅かすことはありません」
ブラックローズは再び咆哮を上げた。
「さすがですね。とても早い」
空の旅は快適だった。時折急降下したり、逆さまになったり。そんなことはあれど、スピードに不満はなかった。
「セラフィーナ座りなさい。そなたが落ちぬよう足でブラックローズを締め付けているのが気に入らぬのだよ」
「ふふふ、久しぶりで楽しくなってしまって。飛龍は皆、突然踊り出して私を試すので、ついこうやって振り落とされないようにしてしまいます」
「座って鞍にまたがっていれば何も問題無いだろう……」
前に座る兄様に言われ、私は改めてきちんと座り直した。
飛龍には専用の鞍を乗せる。騎手は飛龍の背にある露出した魔石に手を這わせ、望みを伝えるのだ。私も小さな頃から乗っているが、ついスピードを求めてしまい、飛龍とともに楽しみすぎてしばらく使い物にならなくなることしばしば。一緒にもっと早くもっと力強くと頑張り過ぎるのだ。
一時期乗ることを禁じられたがどうしても我慢できずこっそり侵入し、厩舎を壊して樹林の空を飛んだのはよい思い出だ。あのときの飛龍もとても楽しそうにキリモミしていた。
「セラフィーナ、もうすぐだ」
「はい、兄様」
「私も戻り次第兄上とともに陸路でそちらへ向かう。……死ぬなよ」
「お任せください。魔晶石は核を砕けば強力な魔物誘因は収まるそうですし、樹林を出てきた魔物もそれで落ち着くでしょう」
「そうだな……ローグレイル・カンデュースが消えてから三年。そのような短期間に、ただ単に核を埋めただけで、これほどの事態を引き起こせるとはとうてい思えない。近くで何かやっている可能性もある。十分気をつけろ」
砦が見えてきた。テネリタスの中でもかなり北にある砦だ。堅牢な城壁とその周囲に掘も作られており、今はその周囲に群がる魔物の多さに驚愕しかない。
空から見て絶望的な景色が広がっている。
兄様もそのありさまに舌打ちをした。
「本当に行くのか、セラフィーナ。私は……妹を死地に送るようなことはしたくないぞ」
ブラックローズが吠える。
「兄様、あそこでルーカスが待っています。私は、この暴走を止める情報の欠片を持っています」
私は守るために来たのだ。
「以前ならこの高さからの降下は難しかったでしょう。ですが、今の私には魔法があるのです」
私が私になった理由。
守れる強さを得た私が、ここで踵を返すことなどないのだ。
「行ってきます、兄様。ブラックローズ、ここまでありがとう」
そう言うと、あと少しで砦というところで身を躍らせる。
重力に引かれ、そう、重力だ。頭の中に赤い実がちらつく。
重力と私の体重。プラス背中には魔力回復剤や治療薬などを少ないながらも背負っている。ルーカスの怪我の程度がわからないが、少しでも彼の傷を治せるようにと持ってきた。
人が高いところから落ちれば死ぬ。
それは間違いない。
衝撃をいかに、短い時間、距離でゼロに近くするかだ。落下速度を半分にできれば衝撃は四分の一になる。そんな話をどこかで聞いた。どこか遠いところで。
建物の五階程度なら、身体強化と着地の瞬間エネルギーを逃がすことによって緩和できた。今回はそれよりさらに高いところから落ちている。大きな布でも背負っていれば違ったのだろうが、布を持ち込むより物資を持ってきたかったので却下だ。
着地時、衝撃をあちらから喰らう。それにより私の身体がダメージを受ける。
ならば、あちらにも衝撃を喰らってもらおう。つまり地表にダメージの一部をお返ししよう。
「ウィンドディヴィジョン」
私の周囲を風の防御壁で包む。
さらに、接地間際で爆風を産めば!
「ウィンドカッター!」
着地点に向かって振り下ろす。
そこには、大量の魔物が、砦を攻め立てる魔物がいた。
私の放った、落下速度もあいまったウィンドカッターに、周囲の魔物がはじけ飛んだ。飛沫などは全部風の防御壁が防いでくれる。
着地の瞬間はいつもの通り、身体を回転させて衝撃を緩める。
「うん、計算通り!」
蠢いていた魔物の塊が、私の周囲十メートルほど綺麗に姿を消した。
飛び散った魔物だったものがぼとぼとと空から降ってくるので、避けるために頭の上にだけ防御壁を作っておく。
「さ、とっとと砦に入ろう」
落下地点を砦にしたら下に迷惑が掛かると気付いたのはブラックローズに乗り込んでしばらくしてから。迷惑をかけるならばと魔物の上に落ちることにしたのだ。
大小様々な魔物たちに取り囲まれたが、筋力に合わせて魔法も手に入れた私にとってここを突破するのは容易いことだった。
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