瑞鳳食華録 奴隷皇女は霊獣と共に天下を正す
五色ひいらぎ
一章 青の皇女、「死す」
木徳の皇女
私は顔を少し近づけ、匂いを深く吸い込んだ。
深いこくを含んだ、けれどあくまで爽やかな香りが、胸いっぱいに広がる。さいわい、悪い臭いは少しも混じっていない。
ほっ、と安堵の溜息が出た。長く寝かせた
清めた箸で菜を引き上げ、大皿に積んでいけば、たちまち黄金の小山がひとつできた。盆に乗せて蔵を出ると、入口に控えていた護衛の武官が、私へ向けて深々と頭を下げてくれた。
「お持ちしましょうか、公主様」
「大丈夫よ、
「重そうですが、本当によろしいですか」
鼻筋の通った端整な顔が、目を細めた。結い上げた黒髪には一筋の乱れもなく、錦で飾られた武具と見事に調和している。宮城の飾りとしても理想の美男子だ。有能英邁なはずの彼が、宮中の警護職から何年も動かないのは、もしやこの美貌も一因なのか、とさえ思ってしまう。
「そんな重いの、あなたが持ったらだめでしょう? もし今ここで賊が襲ってきたら、持ったままで剣を抜くの?」
「ですが、公主様――」
「大丈夫、これも私の仕事だから。懐信は懐信のお仕事をして。料理は皇女の仕事、皇女を守るのはあなたのお仕事」
盆を持ったまま、私は微笑んでみせた。目を細めつつ、懐信の腰をちらりと見る。錦の帯に留める形で、華麗な剣が佩かれている。柄は玉で飾られ、鞘には龍の彫物が施された宝剣だ。
「そのとおりでございますね。我が使命は国家の安寧。我が主は、正しき皇帝ただひとり……主から与えられた仕事を、おろそかにするところでした」
懐信は私へ向けて、深々と礼をしてくれた。本当に素直で実直で、素晴らしい武人だと思う。私が独り占めしているのが、もったいないくらいに。
「それは、いつでも抜けるようにしておいて。必要な時に、ね」
言えば、懐信は腰を折ったまま、何度も小さく頷いてくれた。
万物をかたちづくる「五行」――
だから恩を忘れぬよう、人は神獣を崇め祀る。太祖帝、すなわち人間最初の皇帝とその后が、初穫れの麦を麒麟へ供して以来、代々の帝室は最良の食物と酒とを神獣へ捧げてきた。
そして今、この国で神獣をもてなすのは、ほかならぬ私――今上皇帝の長女たる皇女
厨房に入れば、用意は万端整っていた。
まな板の脇に、酸菜の大皿を置く。さあ、これですべてが揃った。あとは皇家の「徳」を、籠められるかぎり籠めるだけ。
侍女たちの不安げな視線を浴びながら、私は天を仰いだ。静かに、祈りの言葉を唱える。
「天の
拱手して一礼し、私は酸菜のひと束をまな板に置いた。
深く息を吸い、吐き、包丁を手に取る。
――どうか、今日こそは治りますように。青の麒麟が元に戻りますように。
念じつつ、私は酸菜に包丁を入れた。
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