第17話『戦火は緑を染め』

朝焼けの庭に、張り詰めた空気が漂っていた。


タンポポは風の動きを読みながら、遠くを見つめていた。

「……嫌な匂いですわね。争いの予感がいたしますわ」

その横で、白詰草が心細げにうつむく。

「もう、止められないの……?」


庭の一角では、クラピアの繁殖地が広がっていた。根を張り、葉を増やし、その領地は目に見えて拡大している。

クラピアの統率者――“クラピア陣営筆頭株”のカズランが、低く唸るように語った。

「我々は…ただ、陽を浴び、土地を覆いたいだけだ。それが悪なのか」

その言葉に応えるように、対岸から赤い花びらが揺れた。


ナガミヒナゲシの群れ。

その中心には、華やかさと毒を纏った存在、“緋の咲き姫”ナガミ・ヒナがいた。

「ふふ、まるでわたくしたちが侵略者みたいな言い草。先に蔓を伸ばしたのは、そちらですのよ?」

「こちらはただ、成長しただけだ」

「その成長が、わたくしたちの場所を脅かすのですもの。自衛という名の…攻勢、ですわ」


緊張が走った。

両者とも、明確な開戦の言葉は吐いていない。だが、刃は抜かれている。


その最中、庭の隅から慎ましく立つ松の苗が静かに二者を見つめていた。

「争いは、土を痩せさせる。己が力を誇るより、己が根を守るべきではないか」


誰も応じない。ただ、風が松の枝を撫でた。


その頃――

リビングでは、6ペリカとパットンが庭を前にして言葉を交わしていた。


「……すごい、荒れてきたな。クラピアのやつ、あんなだったっけ?」

パットンが眉をひそめると、6ペリカはコーヒーを飲みながら呟いた。

「最初は小さな苗だったのよ。でもね、あれ、他の草押しのけてどんどん広がるの」

「…飲食店の計画、やっぱり早めた方がいいかもな。いずれあそこ全部コンクリ打つんだし」

「……えっ?」

「いや、元々そういう話だったろ?引退したら店開こうって。庭はテラス席にして――」

「……」

6ペリカの瞳に、言いようのない哀しさが宿った。


「でも、あの子たち、まだ生きてるのよ…」


その言葉の真意を、パットンはまだ知らない。

ただ、どこか胸に引っかかる何かを感じていた。


――庭では、ついに均衡が崩れた。


クラピアの一群が動き出し、領地を押し広げようと蔓を絡ませた。

それに応じて、ヒナゲシたちが毒を纏った種子を撒き、応戦する。


「これが……草たちの、戦争……」


白詰草が小さく震える。

タンポポは静かに彼女を抱き寄せた。


「安心なさいまし、わたくしがあなたを守ってみせますわ。

……それにしても――あの松の苗。巻き込まれなければ良いのですが……」


そして、静かに佇む松の苗の根元には、ほんのわずかな亀裂が走っていた。

まだ誰も気づかぬ、小さな運命の裂け目。


《第15話 『戦火は緑を染め』》

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