第8話 光と影
連携演習が終わった直後の控室。
レイヴンは壁に背を預け、水筒から静かに水を飲んでいた。
額に浮いた汗はまだ乾かず、喉に残る熱とともに、さっきの感覚が胸の奥に残っていた。
目を閉じれば、脳裏に焼きついている。
光の束──四人の魔力がわずかに重なり、瞬間的に眩い輝きとなった、あの“共鳴”の瞬間。
(……偶然じゃない。確かに、あの時)
ほんのわずかだったが、確かに感情が触れ合った。何かが噛み合った。
自分が“父”として前に立ち、他の三人がその背中に応えようとした──そんな一体感が、確かにあった。
──けど、それは偶然だったのだろうか?
控室の隅では、ユウトが笑いながらセレスに何か話しかけている。
けれど、セレスの返事は短く、ぎこちない。笑顔も形だけのものだった。
ノアはすでに廊下のベンチへと出て、音も立てずに本を開いている。
ページをめくる指の動きは淡々としていて、その表情は窓の外の曇天のように読めなかった。
レイヴンはそっと水筒の蓋を締め、無言で立ち上がると、寮の方へと歩き出した。
控室に残されたわずかな熱気と、誰にも届かない言葉だけが、背後に残った。
*
夕食時。
寮の住宅。広いLDKに存在感のあるテーブルで食を囲む。今日も、昨日と同じように、四人が席に着いていた。
「……スープ、ちょっと焦がしちゃったかも」
セレスが申し訳なさそうに呟くと、ユウトは「いや、別に問題ないよ」と明るく笑った。
けれどその声にも、セレスはふっと目を伏せたまま、曖昧に頷くだけだった。
ノアは黙々とパンをちぎり、スープにつけて口に運んでいる。誰とも視線を合わせようとはしない。
レイヴンは黙ってスプーンを手に取り、静かに口に運んだ。
少しだけ塩味の強いスープの味が、妙に心にしみた。
(あの時の光は──幻だったのか)
一瞬の“共鳴”は、魔力ではなく、感情のつながりから生まれるもの。そう信じたかった。けれど今はもう、その糸は緩んでいるように感じた。
ユニットの適合率は高くない。けれど、言葉にならない感情の距離──それは、肌で感じ取ることができる。
レイヴンは共同演習を通じて、距離の縮まりを肌で感じてはいた。
「……初めてにしては、よく動けてた、と思う」
誰に向けるでもなく、レイヴンがぽつりと呟いた。その言葉にユウトは、嬉しそうに笑顔で頷く。
「うん、ちょっと手応えありました!」
セレスは小さく「……ありがとうございます」と答えた。
ノアは、やはり反応を返さなかった。代わりに静かに席を立ち、食器を片付けに向かう。
椅子を引く音が一つ、部屋に響く。
心が交わるには、きっとまだ──時間がいる。今日の“光”が、明日も灯るとは限らない。でも、自分たちは間違いなく共鳴した。
しかし、誰もこの時は気づいていなかった。
この家族ごっこは、そう長くは続くことはないということを……。
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