第9話『結末』

ちょうどその時、二人を乗せた馬車は公爵邸の敷地内にて停車した。


「アルバート様、到着致しました。」


外から従者の声が届き、固まったアルバートは現実に引き戻された。


未だ、マディーレの小さな手はアルバートの手を自身のまろやかな胸へと押し付けている。


そして目の前のマディーレは少女ではなく、瞳を潤ませ僅かに開いた口から出る吐息は少し熱を帯びている。


姿だ。


「扉を開けよ」


アルバートはマディーレの手を掴み、外の従者に対して声を掛けた。


従者は命令に従い、速やかに扉を開けた。


そこから出てきたのは、マディーレを横抱きに抱き上げたアルバートだ。


「…アッ!!あのっ…!!アルバート様ッ…私、自分で歩きます…ッ」


抱き上げたまま移動していくアルバートに、マディーレは焦って声を掛ける。


しかしアルバートの足は止まらない。

そしてマディーレの声には、一切答えてくれない。


マディーレはアルバートの顔を見上げると、ビクッと身体を硬直させた。



そこには、今まで見た事も無い『怖い顔』をしたアルバートがいたからだ。



マディーレの知っているアルバートは、いつも優しげな微笑みを浮かべている。


そして少し低い、優しい声音でマディーレを呼ぶ。



なのに今は、とても険しく怒りを耐えているような表情だ。


そしてソレは表情だけではない。


アルバートが纏う空気すら、アルバートの怒りを表すかのように不穏そのものだ。



マディーレには分からない。


何故、アルバートがそこまで怒っているのか。



ただマディーレは、兄が酔った時に婚約者にしていた事をしただけだ。


淑女としては、かなり恥ずかしい真似をしたかもしれない。


でもあの日の兄は、とても幸せそうにしていた。


そして婚約者の豊満な胸に触れ、顔を埋める様にしながら言っていたのだ。


『癒される』と。



だからアルバートを慰めて、劇的に元気を取り戻してもらうにはこの方法が『最適』だと思ったのだ。



だけど、アルバートは怒っている。



もしかしたら、『侮られた』と憤慨しているのかもしれない。



今まで、アルバートはマディーレに対して『身分』をひけらかすような事をした事が無かった。


だからマディーレは、アルバートに対して恭しい態度をとった事は無い。



だが本来であれば、アルバートは『公爵家』の者で、マディーレは『男爵家』の者。



マディーレのした事で『侮られた』と怒っているのなら、ちゃんも謝罪をしなければならない。


そして今後は、立場を弁えなければならない。



街を走っている時、瞬く間に広がる噂を聞いた。



アルバートはシーミュラに『婚約破棄』されたという。



ならば、これからアルバートは『新たなる婚約者』を見つけ、そして『婚約』して『婚姻』する。



もしかすると、これからのアルバートの為にマディーレが出来る事は、アルバートから離れる事なのかもしれない。

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