第十四話 お嬢さんは逃げられない!
「これで一通り決定しましたかね……」
その日の放課後は会議室がちょうど空いていたため、晃誠たち体育祭実行委員はそこに集まり、アンケート結果を元に会議を行っていた。
黒板には『
「いやスローガンこれでいいん? 蒸し返すのあれだけど、なんかカタくない?」
「これ全校のやつだし、自由でかっこいいやつは応援団が組ごとに決めてるでしょ」
「競技の用具チェックは体育委員だよね?」
「ああはいはい、発言は手を上げてお願いしまーす」
晃誠の認識するところのおでこ先輩――玉城が手を叩いて静かにさせた。
「用具はないやつや壊れてたりするのは作ったり直したり、場合によっては買う必要も出てくるから、体育委員にも確認してもらって、それは次だね。そしたらその時に係の分担も決めます」
そう言って黒板のリストを確認する。
「新競技は……たぶん用具ないよね。鬼ごっこ玉入れ『森のくまさん』は、玉入れの玉はあるはずだけど、背負いカゴと高得点の玉は用意しなきゃならないだろうし。借り人競争の『人借り行こうぜ』もお題決めてからそれ次第で念のため用意しとくものもありそうかな」
玉入れの類はいくつか改案があり、それらを合成した形になった。
基本は鬼ごっこ玉入れだ。逃げ回る他チームの鬼役が背負ったカゴに玉を投げ入れ、今回の場合は一番ポイント=入れられた玉の数が少ないチームが勝ち。
女子競技なのだが、鬼達が玉の集中砲火を受けることは確実なので、その役だけ男子にやらせることになった。ただし、女装して。
(ハラスメント案件じゃあるまいかと思ったが、まあお祭りだしな)
また、高得点の玉を少数用意する。それには手のひらサイズのクマのぬいぐるみを計画していた。
計画通りに行けば、女装してカゴを背負った男子生徒を、女子生徒の集団が追いかけ回し、玉(稀にクマのぬいぐるみ)を投げつけるシュールな絵面になるはずだ。
女子競技であるので、男子生徒の女装は運動能力を下げるハンデも兼ねる。計画案では赤白青各組の色をしたワンピースかエプロンドレスになっていた。
そんな集団が三組グラウンドを駆け回ることになる。
(お嬢さん、お逃げなさいってか)
クマのぬいぐるみには若干興味があったが、まあ関わることはないだろう。
◇◆◇◆◇◆◇
五・六時間目の間の休み時間、二年F組の教室を玉城が尋ねてきて、晃誠と蒔絵は廊下に呼ばれた。
「いやー、古峰くん。今年も実行委員になってくれてお姉さん嬉しいよぉ」
「はあ」
昨年に輪をかけて馴れ馴れしい先輩女子に、気のない返事をすると玉城は軽く晃誠の胸をつついた。
「……ひょっとして私のこと憶えてない?」
「いえ、憶えてますけど」
「じゃあ名前言ってみて」
晃誠は、あー、と右手のひとさし指を立て――へにょりと脱力した。
「――おでこ先輩……」
「そぉい!」
「おうふ」
玉城は両手を腰に当てて背をそらした、
「玉城梢子センパイでしょ?」
晃誠はこちらをうかがっていた何人かの同級生がざわつくのを感じながら、突かれた脇腹を押さえ、小柄な少女を困ったように見下ろす。濃いマロンブラウンのショートボブ、そのサイドバングに一筋だけ、ブルーブラックのカラーが入っているのが見えた。
こういう、ほとんど最初から適切な距離感を守ってくれないタイプの相手はやはり苦手だ。邪険に扱いがたい女性であれば特に。
「――あの。私、必要ですか?」
傍で見ていた蒔絵がおずおずと小さく手を上げる。
「ごめんごめん、汐見さん。むしろ用があるのはあなたになの」
玉城は両手を合わせて拝む姿勢をとった。
「あのね、あなたと小中一緒だったっていうあたしの同級生から、汐見さんが昔から手芸が得意だったっていう話を聞いて、ちょっとお願いできないかなっていう。ほら、うちは手芸部とかないからあてもなくて」
(あらら……)
先日の話からすると地雷の話題に属するのではないかと思い、晃誠は蒔絵の方をうかがったが、少なくとも顔には何の反応もなかった。
「――なんでしょう。安請け合いはできないので、お話次第ですけど」
若干声が固い気がするのは気のせいだろうか。
「うん。『森のくまさん』のクマのぬいぐるみなんだけど、ネットや百均でめぼしいのが見つからなくって。可能だったら作ってもらえないかなぁと。その……手足や首がもげちゃう可能性のあるつくりのはやっぱりまずいでしょ。手のひらサイズの小さなやつでいいんだけど」
「ぬいぐるみですか……」
蒔絵は考え込んだ。
「そもそも頭や手足が別パーツだと、そのぶんの型紙も必要になって工程も増えますし、二枚合わせのシンプルなやつでいいですか? 文字通り布を表裏二枚合わせて中綿詰めただけの、クッションみたいなつくりを想像して欲しいんですけど」
「うん大丈夫、というか頑丈であってほしいからシンプルは望むところ。そもそも頭部だけのおまんじゅうみたいなのでも問題ないから。重さは五十グラム前後ってところかな」
「……マズルは別生地で表現して目鼻は刺繍かな……ボタンは取れる可能性あるし、人に当たったら痛いし……。素材は丈夫で洗いやすいものであれば……中綿はペレットよりポリエステルかビーズか……」
蒔絵は口元に右こぶしをもってきて、ぶつぶつと呟く。
「――わかりました、ある程度時間もらえれば作れると思いますけど。別に何十個も必要なわけではないですよね?」
「ううん……十個以上、できれば二十は欲しいかな」
「それでしたら頭部だけのごくごく単純なものあれば、ある程度なんとかなるかと思います。ただ、場合によってはそれにかかりっきりになるかもしれませんけど……」
「クマさんまんじゅう、了解。それでお願いします。仕事の割り当てもなんとかします――材料とか必要なものはまとめて書き出してください」
「はい」
玉城は手帳に何やら書き込み、それを仕舞う。
「それじゃあ、汐見さんには『森のくまさん』の準備係にまわってもらって、そっちに専念してもらえるようにするから。じゃあ二人とも、会議で」
晃誠と蒔絵に微笑みかけ、玉城は去って行った。
「……いいのか?」
教室の中に戻りながら晃誠が尋ねると、蒔絵は軽く肩をすくめて無表情で答える。
「特に問題ないわよ。ただの仕事だもの」
◇◆◇◆◇◆◇
「けっこう重たいもんだな」
放課後の体育倉庫の奥。頑丈そうな樹脂製の収納ボックスを抱えてみて、晃誠は唸った。収納ボックスには『玉入れの玉』と書き殴った大きめのタグが、取っ手に細い紐でくくってある。
蒔絵が手を伸ばしてタグの裏を確認した。
「ひとつ約五十グラムとして、赤白青百個ずつで三百個なら、約十五キロになるわね」
「まあ何年か十何年か使ってるのか知らんが、いくつか減ってるかもしれんけどな」
晃誠も結局『森のくまさん』の用具係になった。蒔絵がやる以上、同じクラスの生徒の方が都合がいいので、当然と言えば当然の流れともいえたが。
体育倉庫には他の実行委員や体育委員もやってきている。晃誠はひとまず邪魔にならないように重たい収納ボックスを抱え、えっちらおっちら外に出る。
少し離れた場所に置いて蓋を開ける。中身は想像通り、赤白青の玉――布製の小袋にビーズかペレットか何かを充填したお手玉のようなもの――が、別々のビニール袋に分けられて詰まっていた。
「今回は色関係ないって言ってたよな」
「うん、必要数あれば。まあ適度に数が揃うように混ぜる方が見た目的に望ましいだろうけど」
「体育祭くらいでしか使わないもんだし、なくなったり、傷んだりしたのを差し引いても余裕で必要なぶんはあるだろ……補強や修繕する必要があるのもあるかもしれねえけど」
「私はクマの玉を作るの優先するから、それは後でいい?」
晃誠は「んー」と少し考える。
「俺もホームセンターで背負いカゴ買ってきて、それぞれ組の色の装飾しなくちゃならねえんだよな。とりあえず今日は玉の確認しただけでいいか」
「そうね。カゴの方はどうするつもり?」
「竹か藤製の大きめの背負いカゴに、それぞれの組の色の……紙花か、をつけるくらいかな。余計なことしないほうが、紙花だけ新しくすればまた来年以降も使えるだろ」
蒔絵は頷いた。
「ま、そんなものでしょうね」
「ワンピースドレスは先輩の注文したのが届くの待ちか」
そう言って晃誠は苦笑いする。
男子でも着られそうなXLやXLLサイズもある安いロングワンピースドレス――おそらくはダンスやコスプレといった趣味用――を、玉城がネットで見つけたらしい。
お遊びだし、サイズが合わずに多少ダボついたり、逆に少々ぴっちりしてるくらいの方が盛り上がるだろう。
「許可はもらってあるから、うちの階の空き教室にこれ持ってっとくわ」
晃誠は再び収納ボックスを抱え上げた。
◇◆◇◆◇◆◇
西東市バイパス沿いのオープンモールにある大型ホームセンター。そのホームセンター併設のカフェで、晃誠は魅恋と向かい合っていた。
「まきちゃん、そんなこと言ってたんだ……」
カフェは花・園芸のブースと通路を挟んで設置されており、独特のみずみずしい生花の匂いが強すぎない程度に香っている。すぐ向かいにある花屋の売り場に視線を転じれば、フラワーカフェのような気分を味わえる配置だった。
「でもそれ、あたしに言って良かったわけ?」
晃誠が蒔絵の語った話を伝えると、ソフトクリームを手に魅恋はそう言った。
「俺も迷ったけどな。そもそも赤の他人の――だから言いやすいってこともあったのかもしれんけど――俺に、それもおまえさんと交友があるってわかった上で喋ったんだぜ。特に口止めされた覚えもないし、伝えられるのが嫌ならそもそも話さないだろ」
晃誠としては、むしろ蒔絵は心のどこかで、自分を経由して魅恋に伝わることを期待していたのではないだろうかとも考えた。都合のいい解釈だとも思ったが。
「そもそも、これで汐見からの俺の評価が落ちたとして、別に気にするような間柄でもないし」
言ってから、失敗すれば体育祭実行委員の仕事はやりづらくなるかもしれないなと思う。ただ、もし自分が手を貸すのであれば一番都合のいいタイミングであることも事実ではある。
「しかし、なんで汐見が入院した時に見舞いにでも行かなかったんだ? さすがに遠慮だのなんだの言ってらられない大事件だったんじゃないのか」
「だって」と、魅恋はソフトクリームのコーンの終端をぱりぱりと頬張り、それを飲み下してから続けた。
「――その時は知らなかったんだもん。まきちゃんが同じ学校だって知らないうちに、入学式の翌日から入院してたらわかるわけないでしょ。選抜のA組とはクラスも違うし……私も友達作りに失敗してたし」
「逆に言えば、汐見は入学式の騒ぎでお前に気がついたとして、どうしようか迷ってるうちに事故で入院して一ヶ月以上経過か」
(間が悪いことこの上ない)
晃誠はコーヒーを一口すする。漂う生花の香りとコーヒーの取り合わせは意外と悪くなかった。考えてみたらコーヒーも植物の煎じ汁なのだし、通じるところがあってもおかしくはない。
「……どうしたらいいと思う?」
魅恋がため息と共に、若干途方に暮れたようにつぶやく。
「部外者の俺としちゃ、ただのすれ違いだと思ってるけど、当人の感情としてはそんな簡単なことでもないって理解もしてるつもりだ。だから相談には乗るし、手伝えって言われれば手伝うし、後押しが欲しいって言うならそうしてやりたいけど、そこを決めるところから俺にさせるのはダメだろ」
「だよね……」
うつむき、しばらく考えてから魅恋は顔を上げた。
「決めた、まきちゃんと話する。――けど、いきなり電話やチャットじゃなあ。相談にのってもらえる?」
晃誠はわかったと頷く。
「ちょうどいい機会くらい提供してやるよ。話ながら駅まで送るか」
「やだ。そんなん背負ったカチカチ山のたぬきみたいな格好した男に送られたくない」
晃誠の席の脇には、三つ重ねた背負いカゴが置いてあった。
「カチカチ山のあれは薪だろ……」
◇◆◇◆◇◆◇
翌日の放課後、晃誠は蒔絵と一緒に玉の収納ボックスと背負いカゴを置いた、いつもの空き教室にいた。
蒔絵はぬいぐるみの製作作業は家でするらしく、そちらの荷物はない。
今日はまず玉をチェックしながら色別に数を揃えて分ける作業をする。傷んでいるのものがあれば蒔絵が持ち帰って家で修繕する。そんな作業はすぐ終わるので、晃誠は装飾用の紙花作りの予定――なのだが。
収納ボックスの両側にそれぞれ椅子を置き、玉を一つ一つチェックしながら、色別にプラスチックコンテナに放り込んでいく。当日は体育委員と一緒に、これを競技エリアに均等にばらまいて回るわけだ。
「今日は知り合いを手伝いに呼んだからさ、もう来ると思うけど」
玉を数える手を休め、そう言ってスマホを操作してメッセージを送る。我ながら猿芝居だなと晃誠は思う。
――ほどなくして引き戸が音を立てて開き、魅恋が顔を出した。
「まきちゃん……」
蒔絵は一瞬晃誠を睨みつけてから、大きく息をつく。
「お節介ね」
晃誠も肩をすくめた。
「まあ自分でもそう思ったよ。――お前らだったらお前らを放っておかなかっただろうに、自分達のこととなると途端に粗末に扱うっぽいのがちょっと気になってな」
晃誠は戸口に立ちすくんでいる魅恋に近付くと、背中を軽く叩いて教室の中へと押しやる。
「友人関係を義務で考えてる奴はいるだろうし、他人をコントロールするツールとして使ってる奴もいるだろうさ。相手のいることだから、思い込みによる誤解や勘違いもあるかもしれないが、それはもう仕方ない。でも、自分達はただ相手といるのが好きってだけでやってた付き合いがあったのは、もう知ってるんだろ」
戸に手をかけ、蒔絵を見据えると最後に続ける。
「友情っていうのは多分、何かあったら壊れるもんじゃなくて、見ないふりをするようになったら、ただ朽ちていくだけのもんじゃねえのかな。それをメンテし直してレストアするか、捨てるか、捨てた上で新調するかはあんた達で話し合って好きにしたらいいよ。ただ、思い出として飾っておくにしても何らかの処置は必要だと思うぜ」
そうして今度こそ晃誠は空き教室を出て、後ろ手に戸を閉めた。
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