日々、青々

@HoCCaY

Prologue~それから337日後~

「や~~~だ~~~~~!」

 春の勾砥山(まがとやま)に女子生徒の嘆きの声が響く。


 三月十九日・木曜日 天候は晴れ


 三月ももう下旬に差し掛かろうとしているが、まだまだ気温は肌寒く、春の訪れは感じられない。


「み、皆と…ヒッ、みんな˝ど離れだぐない˝~…」

「楓(かえで)ちゃん、そんなに泣かないで」


 ここは勾砥山の麓にある学び舎、麓ノ勾(ろくのまが)高等学校。


 文武両道・師徒両磨しとりょうま自他両力じたりょうりょくを校訓に掲げ、学校長である落葉松一文(からまつ かずふみ)は語る。


「師は生徒に自由を与え、

 生徒は師に気付きを与える。

 自由とは希望、気付きとは学び。

 生徒の自由の尊重は師に成長を与え、

 師の成長は次の生徒へ伝承される。

 真の師とは、生徒の自由を護るもの也。」と。


「みのりぃ…ふゆみぃ…二年生でも˝一緒がい˝いよ˝ぉ~…」

「私も楓さんと過ごせた一年は楽しかったですよ…」


 今日は一年間の学校生活最後の登校日、三学期の修了式が行われる日であり、一年間共に過ごした自身のクラスメイト達と過ごせる最後の日でもある。


 楓と呼ばれる女子生徒は、仲の良いクラスメイト達との別れがつらい様子。


「楓…泣いてるね…」

「思い出すな~、中学の卒業式…」

「…」


 そんな女子達の様子を見ている、三人の男子生徒達。


 修了式は先程終了し、教室での担任・副担任による最後の挨拶も終わった。

 今は学校の裏門前で一年D組の生徒達が集まり、最後の写真撮影に臨もうとしていた。


「まぁそういう僕もこのクラス好きだったから、ちょっと寂しかったりするんだけどね…」

「色々あったしな~…この学校イベント多いし」

「…」


 放課後、在校生である一・二年生の多くが部活動に向かったり、帰路に着いたりする中、彼ら一年D組の生徒達は有志によってこの写真撮影に集まっている。


 今は数人の生徒が担任・副担任の先生を職員室に呼びに行っており、残りの30人程の生徒達が先生の到着を待っている状況である。


「あれ?ヒロ何で黙ってんの…?」

「どした…?腹でもいてーのか…?」

 三人の男子生徒の内の一人が無言で俯いているので、二人思わず声を掛ける。


「な˝、なんでもね˝ぇよ…」ボロ…ボロ…

「「…っ!?」」


 ヒロと呼ばれる男子が顔を上げると、両目から大粒の涙がこぼれ落ちており、明らかに何でも無くなかった。


「ヒロも泣いてんの!?プッ…」

「ププッ、おま…マジかよ…ブプププ…」

「蛍人(けいと)も孝道(たかみち)も笑ってんじゃねぇよ!これは泣いてんじゃねぇっ!花粉症だ花粉症!」


 他の生徒達より一際体の大きい彼がボロボロ涙を流す様子に、蛍人・孝道と呼ばれる二人はこらえきれずに思わず笑ってしまう。一応言っておくが、彼は花粉症持ちではない。


「筋肉バカにも心があったんだな」

「何だと!?」

「あ~も~、止めなよ~」


 孝道とヒロ、二人が小競り合いを始めたので、蛍人がそれを仲裁する。


「も~今日ぐらい喧嘩止めようよ。ちょっと青(あお)!この二人止めて!青?…あれ?」

 仲裁に手を借りようと、蛍人がその名を呼ぶが、その人物は近くに居ない様子。


「青が居ない?ロージー!古滝(こたき)さーん!青見なかったー?」

 蛍人は近くに居る女子二人に尋ねる。


「ウサたんデスカ?ハテ?ソーイエバ見えまセンネ~?」

 「あ、青さんでしたら、皆さんと一緒に有馬(ありま)先生と越智(おち)先生をお迎えに行かれたかと…」


 尋ねられた二人が返事を返すと…


「そうなの…?…って言ってるそばから帰って来た」

 蛍人は探していた人物が校舎から出て来るのを確認する。


 「先生達もうすぐ来るよ、越智先生が号泣してたから、皆で慰めてあげてね」

 校舎から出て来た一人の男子生徒が、一年D組のクラスメイト全員に呼び掛ける。


 クラスの学級委員の様な立場では無い彼だが、彼の言葉にクラスメイト達は全員耳を傾けていた



 遅ればせながら登場した彼こそ、この物語の主人公・兎神青(とがみ あお)である。


 真っ直ぐで遊びの無い黒い短髪が、彼の真面目さ・実直さを表している。透き通ったブラウンの瞳、身長177cmの長身に、細身の身体。

 

 良く言えば普通の男子学生、悪く言えば面白みの無い外見をしている。


 「お、面白みの無い…!?」ガーン!

 あと少し傷つきやすい。



 「また二人で喧嘩してるの?」

 「あ、青丁度良かった。うん、いつもの小競り合いだよ」

 皆に伝達を終えた青が、喧嘩をしている二人の親友の元へ駆け寄ると、もう一人の親友が状況を説明してくれる。


 「ヒロ、タカが余計な事言ったんだろうけど、それくらい許してあげなよ」

 青は落ち着いた様子で、まるでその場を見ていたかの様に、小競り合いの原因を言い当てる。


 「ふん、青の言う通りだな。この程度の軽口も聞き流せねーようじゃ、武道家として先が思いやられるぜ?」

「今回は引いてやるだけだよ、青に免じてな」


 青の言葉に二人は小競り合いを辞め、落ち着きを取り戻す。


{もう、二人とも青の言う事は聴くんだから…}

 そんな二人のスタンスが腑に落ちない蛍人は、ブツブツと愚痴をこぼし始める。



「楓も泣いてるの?」

「あ、青君。うん、楓ちゃん皆と分かれるのが寂しいみたいで…」

 青は続いて、泣いている楓に近づき、彼女に寄り添うみのりが状況を伝える。

 

「な˝に˝よ˝…」

 楓は近づいて来た青をギロッと睨み、いつになく弱々しく言葉をぶつける。


 「元気出しなよ楓。まだ卒業する訳じゃ無いんだから、またいつでも逢えるよ、学校でも家でも…」

 青は楓を元気づける様に、前向きな言葉を掛ける。


 「じゃあ今日は!?」

 「きょ、今日…?」

 「今日この後!皆で!キルシェ行って!カラオケ行って!アンタん家行って!唐揚げ食べて!ゲームすんの!」

 「全部盛りじゃん…」

 「アンタさっき“いつでも”って言った!じゃあ今日も“いつでも”でしょ!」

 「う、う~ん…」

 「どうなのよ!」

「まぁ…それで楓が元気になるなら良いよ…」

 「ホント!?絶対よ!?やったぁ!!」

 「はぁ…」


 勢いに釣られてしまった感に溜め息をつく青だったが…。


 「♪唐揚げ♪唐揚げ」

 「まぁいっか」

 楓が元気を取り戻したので、ひとまず良しとする青であった。


 {楓さんは青さんの扱いがお上手ですねぇ…}

 そんな青にこそこそと話しかける大和撫子風な女子生徒。


「う~ん、そこに関しては歩弓(ふゆみ)も負けて無いと思うけどな…」

「ふふ…」

 青の言葉に歩弓と呼ばれる女子生徒は不敵に笑う。


「…“歩弓”って呼び方、すっかり慣れましたね」

「あぁ…そうだね。呼び方変えてからもうすぐ一年か…早いなぁ」

「でも油断しては駄目ですよ?でないとまた私とデートする羽目になりますよ…?」

「あ!いや、あれはあれで楽しかったけど…はい、精進します…」


 自身の手の上で青を転がすのが好きな歩弓は、青の戸惑う姿にニヤニヤしている。



「…って事なんだけど、皆この後大丈夫?」

 先程楓との間で交わされた約束を果たすため、青は親友達に声を掛ける。


「オレが断る訳ねーだろ?」

「今日は姉ちゃんにも言ってあるし、問題なし!」

「楓がまた不貞腐れても困るしね」


 孝道・大海(ひろみ)・蛍人、古くからの親友三人に承諾を貰い。


「行く行く!私ももちろん参加するよ!」

「私は先程、承諾したつもりですから」

「Maple(メイプル)にも困ったモノデスねぇ~」

「わ、わわわ私も混ざって良いのでしょうか…!?」


 みのり・歩弓・ロゼリア・鮎葉(あゆは)、高校からの友人達にも承諾を貰えた。


 すると…。


「何だ?この後委員長達カラオケ行くのか?」

「私も行きたーい!」

「俺も俺も!最後まで一緒に居ようぜ!」

「カラオケってサウビ?なら私も行くわよ!」

 「ならば進化した俺の国歌斉唱を聞かせてやろう」

「黙ってろ黒澤…ってもう歌ってる…」

「エッちゃんも連れて行こうよ!」


 青達の騒ぎを聞きつけたクラスメイト達がどんどん参加表明をしてくると、裏門前は一気に騒がしくなる。


「やっぱこのクラスはノリが良いなぁ……あれ?」

 青は騒がしくなったD組の面々を見渡すと、もう一人居なければならない存在が居ない事に気付く。


「…居ない?」

「居ないって誰が?…あぁ、そういえば居ないね」

 青が気付いたことを口に出すと、蛍人もそれに反応する。


「…どこ行ったんだ?」

 青はもう一度辺りを見回すも、その人物は居ない。


「あぁ、彼女でしたら先程裏門を出られているのを見ましたよ。おそらく行く先は…」

 青の探している人物を察した歩弓が、その人物の居そうな所を推測する。


「裏門から…?あぁ…」

 歩弓の回答に青も思い当たる節があるのか、その人物の居る場所を特定する。


「…じゃあおれ呼び戻して来るよ」

 青はその場を駆け出して裏門を抜ける。


 そんな青の姿を見送りながら、彼の友人達はしみじみと話し始める。


「ま~アイツに関しては、青がお守り役みたいなもんだしな」

「ずーっと青が世話焼いてたもんね」

「ホント、青が居なかったらどうなってたんだろうなぁ、アイツ…」

「でも今は、私達にとっても大切なお友達ですから…」

「居ないと寂しいのよね!」

「感情も言葉も読み取れないけど、皆に優しくてね…」

「ムニノシンユーというヤツデス!」

「わ、私も彼女の事好きですよ!」


 彼らはもう一人、大切な親友の到着を待つ事にする。

 


「うわ、着信がいっぱい来てる!?」

 青は目的の場所まで坂道を下りながら、少しだけ慣れた手つきで自身のスマートフォンを操作し、着信履歴を確認する。


「銀杏(いちょう)さんは…多分シフトの事かな。じゃあ先に空(そら)に…」

 着信履歴の中で最も着信数の多かった人物に、青が電話をかける。



「…うん、だから物販は来週かな。だから体育館シューズ以外に買い忘れが無いか、もう一回見とけよ?うん…あ、そうだ今日帰り遅くなるのと、もしかしたら皆来るかも…うん…まぁそういう事、もしユズが来たら伝えといて、んじゃまた」


 電話口の相手とは親しい間柄の様で、お互いの要件を伝え終えると、そそくさと電話を切った。


「来月から…大丈夫なのかなぁ…空」

 電話を切った後も電話口の相手の事を心配しながら、坂道を下り続け、辺りが少し開けて来る。


「あ、やっぱ居た…」

 坂を下りきった所で、青は探していた人物を見つける。


 そこはかつて公園があった場所。

 青と彼女が初めて言葉を交わした(交わしては無いかも)その場所の前で、彼女は佇んでいた。


 艶のある黒髪のおかっぱ頭に、黒縁の眼鏡をかけた女の子。


 身長は低く、身体の凹凸は少ない。色白で彫刻の様に整ったその顔は、紛れもなく美少女と呼ぶに相違ない外見をしていたが、その表情は無表情で彫刻の様に動かない。


「何してるんだ?こんな所で…」

 その彼女に青が声を掛ける。


「・・・・・!」

 青の声に反応した彼女が、青の方へ顔を向ける。

 その表情は崩れる事無く、いつも通りの無表情。


 青の存在に気付いてなかったのか、青から声を掛けられた彼女の瞳は、いつもより少し大きく開いている様に見えなくもない


 その表情は何を思っているのか、何を伝えたいのか。


 無言で、無表情で、ただ真っ直ぐに、青の瞳をジッと見つめている。


 その彼女の名は…。

 

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