第34話 大聖堂に突撃する
「乗ったぞ!出してくれ」
「おかえり」
「フッ、ただいま」
「おかえり、タウンゼント?」
「……ただいま」
砲主席に滑り込み操縦席のエランドに指示すると彼はそう言って僕らを迎えた。
「チヴェッタ!発煙弾だ!」
「イエッサー!」
エランドが指示をだすと砲閉鎖機を挟んで僕の隣にいるチヴェッタは迷いなく天井にある発煙弾発射機のトリガーを引いた。
壁に当たった発煙弾は跳ね返って戦車の上で爆ぜ車体を雲が覆った。
昨日のうちに練習したのだろう。チヴェッタは無線機の下から予備の発煙弾を素早く取り出して発射機に込めた。
「
「分かった!下がるぞ!」
エランドはギアを変えレバーを倒し戦車を後退させて玄関から引き抜く、車内では回転数を上げるエンジンの騒音に混じって踏み潰された壁材の石が爆ぜて装甲を叩いた。
「大聖堂だって?」
「イエッサー」「そうだ」
「ナビゲートだチヴェッタ!」
「イエッサー、来た道をままっすぐ戻って、街に入ったら2つ目の十字路を左ッス」
石畳をひっかき甲高い耳障りな音を立てて戦車は反転する。チヴェッタは壁に貼り付けた地図をなぞった。
「順調だな!チヴェッタ!」
「イエッサー!」
霜のついた冷たいハッチを開けて半身を乗り出すと、戦車の騒音と振動は住民の興味を引いたようで道の両脇にある集合住宅の雨戸が次々と開かれた。
ある者は寝間着姿で歯を磨きながら呆然と眺め、ある者は支度を整えていて僕と目が合うと窓を閉じた。
白い息を吐く点灯夫が帽子を軽くあげてにこやかに笑ってくれたので僕も戦車帽を軽く上げて挨拶した。
「ここを左ッス」
急いでいるのか、わざとなのか、エランドの操縦は荒々しく急に左のブレーキを掛けたため全鋼製の履帯の戦車は石畳の上で時より火花ちらして滑った。
どうやらエランドはこうなるとわかったうえでやっているようで、器用に両履帯の速度を調整し滑りながらも結果的に素早く戦車を旋回させた。
「いい腕だ」
「一回やってみたかった」
「すぐ次の十字路を右ッス。この道は右の歩道に寄って走ってください」
「OK!」
石畳にヒビを入れ凄まじいエンジン音を響かせる戦車は住宅街を抜け商店街に入った。
真正面から気持ちのいい朝日を受け、クローズの看板を揺らしながら直線を駆け抜ける。
途中で見かけた警察隊は決まって笛を吹きならしたが他に何ができるわけでもなかった。無線機を持たないため部隊間では情報を共有できず、各持ち場の直通電話はエランドに破壊された本部の通信設備のため使用できない。
『こちらクヴィーク、大聖堂の様子を報告する。どうぞ?』
『こちらチヴェッタ、お願いしまス。どうぞ』
『中を見てみる限り、エリッシュちゃんは建物の地下だと思う。大教室の奥の右手に入り口がある。教室の中は人形騎士と伝導士で満タンだ。この調子だと導魔卿がいてもおかしくない……どうぞ?』
『民間人は見えるだろうか?送れ』
『今日は貸し切りだな、門が閉まってる』
『こちらアランド、ドウマキョウって何だ?送れ』
『モノを知らない奴だな。アンタに合わせて話すと、導魔卿は律紋宰の上、クソそのものだ。伝導士みたいなハエじゃない。
『強いのか?』
『アンタよりは強いだろうな』
『そういえばクヴィークさん?あんまり近づいたら危なくない?……あ、こちらプフェーアト、どうぞ』
『鳥になったんだ、気づくはずない。どうぞ?』
『え?鳥?何してるの?』
『昨日のチョーカー、アレを鷹に付けたんだ。鷹は目がいいし、やってみたかった』
『……鷹がクヴィークさんなら、鷹は?』
『時計塔だよ。ルーヴに預けてる』
『アー!こちアー!ルーヴ。鷹が騒いアー!アー!るので受信に限定していた。どうぞ。アー!て暴れるな、この身体は飛べなアー!』
『マジかよ。大した度胸だなまったく、ソレ後でちゃんと返せよ?こちらアランド、終わり』
トルピード総統への報告では導魔卿は銃兵隊と共に街を脱出したことになっていたはずだが、屋敷にいた兵士が銃兵隊所属だったことを考えると、その報告が正確ではなかった可能性も出てくる。
考えたくはないが最悪なシナリオは僕らがこの国の西側と対立することなのかもしれない。ドラゴンの疑惑を除いて考えても、事実上の外国軍である協会関係者がこれほどの計画を西部総督の許可なしに実行できるとは考えにくい。つまり、協会の計画はテトンス西部総督の協力、最低でも黙認は得ていると考えるべきだろう。
そうなると政治的な問題だ。やり方は慎重に考える必要がある。僕はどんな命令が下ろうとも引き下がるつもりはない。だがその結果として利益を提供できなければ未来はない。何がトルピード総統を納得させる利益なのだろうか、彼に手を引かせないカードは何だろうか、西部総督や協会はどこまでのダメージを許容できるだろうか、彼らが失いたくないものの中で僕らが影響できるものは何だろうか。
昨日までの僕ならこんなことは無視していた。考えても仕方がなかった。何故なのか、どうしてなのか、そんなことよりも目の前で起こりうることが重要だった。
だが今は違う。僕は選べるんだ。そうなると――
「おい、俺の責任を盗るんじゃない。俺が指揮官だ」
「すべての責任はエランドにある。心配する必要はない」
「ン待て、ちょっとカッコつけただけだって。全部はマズイ」
考えているとエランドとタウンゼントが言った。
「僕の頭の中が見えるのか?」
「お前は頭ん中がお口から漏れるからな」
「なるほど」
『言う通りであるぞ?こちらトルピード、閣下である。その様な些末は貴公が気にかけることではない。そもそもワシの国でワシの望まぬことなどできはしないのだ』
『へー?聞いてたのか。んで?……こちら、アランド』
『であるから、こうして穏便に邪魔しているのである。どうぞ?』
『トイレットペーパーも使ったらちゃんとリサイクルしてくれよ?』
『分かっておる』
『ありがとうございます。閣下』
僕はひとまず目の前のことに集中することにした。もちろん、無意味だから考えないというわけではない。これは優先順位の問題だ。
『うむ、政治は任せるのだ。やり方は貴公らに任せる。終わり』
『あー、いちおうハッキリさせとこう。お前も責任持つんだよな?閣下?』
『ワシを舐めておるのか?』
『テイスティングだよ』
エランドはそう言うと音を立ててペンダントラジオを舐めた。
『オイやめろ』『うわぁ!』『脅かさないでください軍曹!』
「エランド、無線はみんなの耳につながってるってことを忘れてないでくれ」
『おっと、これは失礼』
商店街を抜けると戦車は100メートルはある立派なアーチ橋に差し掛かかり、対岸の右手に目的地が見えた。
大聖堂は大きな中州の頭に建てられており、建物が密集した地区にあるにも関わらず一区画を専有する広い庭を持っていた。
「橋を渡ったら最初の十字路を右ッス」
橋をわたりきり十字路にたどり着くとエランドはその中央に戦車の正面を大聖堂に向けて止めた。
朝日を背に浴び、こちらに長い影を伸ばす大聖堂は地図で見るよりも遥かに巨大に感じられた。
「突入シーンだ。カッコよくいこう」
エランドが言った。どうやって大聖堂に入るかということだろう。
「戦車で正面から突撃する。僕が乗り込んでエリッシュを探す。単純だろ?」
「バカみたいな作戦だな、ご先祖が知恵の実を食べたとは思えない」
「そんなものはとっくの昔に消化されてクソに変わったさ」
「ハハッ、たしかに」
僕は副操縦席からガーラント自動小銃を取り出して銃剣を装着した。それから予備のM1911A1をホルスターに収め、それぞれの弾薬をポーチに詰めた。この作戦には戦車の備品、アメリカ製が相応しい。
「僕が地下で探してる間、エランド、君はその入り口を塞いでくれ」
「任せろ。持ってけよ」
僕はエランドが指さした箱から指輪と手袋を取り出してそれぞれ身に着けた。これらの使い方は既に聞いている。機能を確かめると十分に役立つと思えた。
「チヴェッタ、君は状況を知らせ続けるんだ」
「サーイエッサー!」
僕は戦車帽をヘルメットに被り替え、アーミーポンチョをジャケットの上から羽織った。ポンチョにも他の装備にもエリッシュの魔法防御が掛かっている。エリッシュはこの魔法に自信を持っていた。大丈夫だと信じられる。
「タウンゼント、指揮は任せる。制限時間は30分だ」
「分かった」
僕は手帳とワルサー、マップバックをタウンゼントに預けた。作戦である以上、必ず成功するという保証はない。この中で撤退を決断できるのは彼だけだ。
「次だ。チヴェッタ、徹甲弾を装填できるか?」
「サー、イエッサー……コレッすか?」
「それだ」
チヴェッタは少し迷いながらも床に置かれた即応弾から徹甲弾を選んだ。
「フンッ!オモイ……」
「なぁ、そんなもんどうすんだ?」
「ブッ放す他に使い道はないだろ?」
「正気か?」
「この戦車は、ファイアフライだ」
「あぁぁハッハッァ!マズル、ブラスト!ハデだねぇ」
「好きだろ?」
「あぁ!」
十字路の中央に置かれた戦車は注目の的だった。はじめは離れたところから見ていた観衆も足を止めると集まり、そのうち数人が戦車に近づこうとしていた。警官は笛を吹きならして民衆を牽制し、近づこうとする者には警告して制止した。
「アップ!」
チヴェッタが閉鎖機を閉めるとすべての準備が整った。
ちょうどそのとき、警官が一人近づいてきた。
「つかぬことを伺いますが、何をしておられるのですか?」
「ちょうど準備が終わったところです」
「えっと……なんの?」
「突撃の」
「!」
僕が協会を指さすと目を真ん丸に見開いた警官は慌てて笛を鳴らし戦車によじ登ろうとした。だが、すぐに痺れて地面に倒れた。戦車にはエリッシュの盗難防止魔法が掛かっている。
「待ちなさい!」
僕は制止を無視してハッチを閉めた。
「
「フオァァ!」
指示を出すとエランドは大聖堂に向けて一気に戦車を加速させた。クラッチ、シフト、クラッチ、シフト。次々にギアが上がる。
エンジンの轟音が両脇の建物に反響して響き、トランスミッションがこれまでになく唸った。
40キロメートル毎時まで加速した戦車は、鉄柵の門を踏み倒して庭に入った。門番など見送りのカカシだった。
戦車は三つ並んだ扉に迫った。
『こちらフレディ、入り口に誰かいるか?送れ』
『いない。こちらクヴィーク、どうぞ?』
一般的に戦車がやむを得ず建物を通過する場合、装備を保護するために減速する。だがこの戦車は特別だ。それにエランドなら上手くやるだろう。
「クるぞ!」
エランドが言った次の瞬間、車体が大きく揺れ瓦礫が装甲を叩き扉の木材が引き裂かれる音が聞こえた。
扉を突き破ったのだ。戦車は床を少し滑って停車した。
「砲撃準備中、チヴェッタ、閉鎖機からはなれたか?」
「サーイエッサー!」
僕は砲塔旋回装置のレバーを倒した。そうすると砲塔が旋回し撒き散らされた土煙をかき混ぜて砲身が正面を向く。照準器を覗き、ハンドルを回し、仰角も調整した。
席を立ってハッチを開け辺りを確認すると、ステンドグラスを通った朝日に照らされた色とりどりの土煙の先に集団が見えた。
白いローブの伝導士と甲冑の人形騎士だ。距離4メートル、敵意あり。騎士は剣を振り上げた。
「On the way!」
僕は右手に持った車長用のトリガーを握った。
衝撃と閃光があり砲尾栓が後退をはじめる。
放たれた砲弾は球状の衝撃波を突き抜けて進み、ステンドグラスに小さな穴をあけた。
衝撃波球に包まれた眩い爆炎は急速に広がり、踏み出し切りかからんとする人形騎士を押し跳ばすと収縮し、砲口から白煙を引き連れた波だけが広がり続けた。
衝撃が到達すると全ての絵画は砕かれた。朝日に照らされた光の雨は装甲に落ちてまた砕け、輝いた。
「次だ」
僕が言うよりも少し早くエランドは動いていた。
彼は操縦席を飛び出ると短機関銃で人形騎士を一掃していった。立ち上がるものには、ありったけの弾を浴びせバラバラにした。装填し繰り返す。
僕が戦車を降りる頃には片が付いていた。
「両手を頭の後ろで組め!並べ!立つんだよ!」
エランドは砲撃の余波にやられてよろめく伝導士の周りを歩き回り大きな身振り手振りを見せて集めると手際よく制圧した。
「行って来いよ」
「あぁ」
僕はライフルを構え大教室奥の暗い階段を降りた。
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