4日目

第13話 手紙を読む

 4日目の朝、僕は薪を割る音で目を覚ます。季節が変わったのか昨日よりもずっと冷え込んでいて寝袋からでて体を伸ばすと服の隙間から冷たい外気が入ってきた。靴を脱いで寝たのは久しぶりだった。


「起こしちゃおましたか?」


「おはよう」


 僕が薄暗い中の真っ暗な森にそう返事してバケツに腰掛けるとエリッシュは薪を組んで種火を入れた。


「いよいよ今日だ。よく眠れたか?」


「私は大丈夫です」


 火が立ち上がり僕らを照らすようになると、


「うまくいきますよね」


 すこし緊張したように呟いた。


「もちろんだ。必ずうまくいく」


 僕がそう答えると彼女は満足したように薬缶を持って水を汲みに行った。

 もしすべてが予定通りなら今日の正午、僕らはドラゴンと戦うことになるだろう。このことに間違いはないのだが僕はどうにも実感を持てなかった。もちろんこれまでやってきたように必要な物は手に入る限り集め手を抜いているという事はない。相手が動物だからかドラゴンというものがあまりにもおとぎ話だからかそれはわからない。だが緊張感に欠けている事は事実だった。

 もう一度確認しておこう。僕は手帳を開いてこの緊張感がないというどうにもよくわからない不安を収めるため作戦の手順を確認してから少し別のことを考えることにした。新たに入った情報、他の村についてだ。

 昨日はエランドとのくだらない勝負のあと一人でサルーンに向かい地図の彼、クヴィークに頼んでいた調査の結果を聞いた。彼は僕が期待したよりも遥かに優秀で様々な方法で秘密の村について調べいた。郵便局の記録から村が季節外れの嵐にあったことがわかり荷馬車の数と積み荷からは村がまだ健全に機能していることもわかった。その他に嵐の前と後で取引に訪れる者の顔ぶれや取引物品が変わったことや電報の内容の変化など事細かにまとめてくれていたのだが僕は情報将校ではないのでそれらが何を意味するのかまでは分からなかった。

 それからもう一つ、エリッシュの街、ツヴィーバックについても彼は情報を集めてくれていた。まずここウインナーズドルフは一つの街だが河の西と東で実権を持つ者が異なる。これは昨日聞いた事だがその他の土地も秘密の村は西側の、ツヴィーバックは東側の配下というように東西に別れているそうだ。彼が言っていた”兵を動かしている”とは東側の領主が権限を持つ部隊のことだった。補給馬車の数とその積み荷から考えて14門の野砲を持つこの砲兵部隊はツヴィーバックの防衛を任されていると考えて間違いないだろう。クヴィークはドラゴンに効果が期待できない小銃や機関銃も多数装備していることを不思議に思っていたがそれは事後の治安維持活動のためと考えれば不自然なことではない。

 これらのことから少なくとも東側の領主はドラゴンについて知っているまたは噂を信じているとみて間違いない。こうなると何故それを隠すのかが気になるが市長が僕らを頼らなかった理由には十分だった。

 ここまでの彼がまとめてくれた情報はドラゴンとの対決には役立たないが今後の予定には大いに活用できた。ひとまず僕らの予定に変更はない。今日、ツヴィーバックでドラゴンを破壊することができればこの街の魔法魔術顧問が引きこもりでもさほど問題はないからだ。


「フレディ?」


「ん?どうした?」


「お湯、いりますか?」


 そうこう考えているといつの間にかエリッシュは戻ってきており湯も湧いていた。僕はビスケットの缶の中からコーヒー粉末の缶を取り出してナイフで開けコップにお湯をもらった。手帳をしまってコーヒーを啜ると彼女のビスケットが目に入った。昨日渡した食べられる機械油をたっぷりと塗った真っ黒なビスケット。


「あ、フレディも食べますか?」


「いや、いらない。僕はそれを食べないんだ」


 僕が差し出されたビスケットを拒否するとエリッシュは僕のコップをじっと見た。


「少しもらってもいいですか?」


「コーヒー?君のにも入ってるよ」


 僕はエリッシュの缶詰を指さした。


「そんなに沢山はいいんです。ちょっと味見したいだけ」


「良いとも」


 エリッシュは僕が差し出したコップを受け取るとまず中を覗き続いて手で煽って香りを確かめた。


「やっぱり香りは美味しそうです」


「最高ではないけど素晴らしい。昨日はどうして試さなかったんだ?」


 コーヒー自体は昨日も見たはずだが。


「”これは乾燥剤でフレディだけが飲みたがる”って聞きました」


 どうやらまたエランドはくだらない嘘を吹き込んだようだ。まさか乾燥剤を飲んでいると思われていたとは。


「それは嘘だ。これはコーヒー、コーヒー知らない?」


「んー、聞いたことないと思います」


「そうか」


 言われて思い返すと雑貨屋にコーヒーはなかったし街の香りにも混じっていなかった気がする。サルーンにもなかったな。

 エリッシュは暫くコップを見つめ覚悟を決めたように一口啜ると、


「ムグッ、苦い……これは、乾燥剤ですね、間違いありません」


 舌を出して顔をしかめ彼女の小さな缶と一緒に僕へ突き返した。子供には砂糖とミルクが必要だったかもしれない。

 

 そうこうしていると日が昇り照らされ始めた街を眺めていると馬にまたがった人影がこちらに向かっていた。双眼鏡で確認するとクヴィークだった。彼は僕らが気づいたと知るとこちらに手を振った。


「おはようございます」

「おはよう、お嬢ちゃん」

「早いな」


 僕が言うと彼はエリッシュからは見えないように立ち回り紙切れを差し出した。そっと開くとそれは昨日話していた砲兵隊についてで彼らの予想進路と到着予想時間が記されていた。それによると食料、テント、加工された建材を満載したこの部隊は真夜中に出発し午前8時頃には街につくそうだ。


「あんたらは行かないのか?」


「事情があってね。ちょうどいい時間に着かないといけないんだ」


「それなら、少し時間あるか?」


「3時間ほど。なにかあるのか?」


「手紙がある」


 地図の青年はそう言うと白い封筒を差し出した。そして僕が受け取ろうとするとすぐに手を引いた。


「あんた宛らしいが差出人が書いてない」

「誰からだろう」

「シールの無い封蝋、俺なら開けない」

「そういうものか?」


 彼はその返答に呆れ返った。何がいけないのか尋ねようとエリッシュに目をやると、


「昔は手紙に呪いの譜を書いて送ったりしてて、その名残で今の人も普通封蝋は使いません」

「恐ろしいな」


 彼女はそう答えてクヴィークから手紙を受け取ると封蝋を撫でた。


「でもこれにはついてないので多分なにも知らなかっただけですね」

「それなら安心だ」


 僕は封を開け便箋を開いた。それを見届けた彼は、


「んじゃ俺はこのへんで」


 そう言うと僕のコップを取ってコーヒーを口に含みすぐに吐き出して、


「もっとマシなの飲め」


 と呟き小銭を置いて去っていった。大人だからといって砂糖とミルクが必要ないとは限らない。

 

「誰からでしたか?」


”ハル・タウンゼント

東ウインナーズドルフ、城外、15番通り西

13/4/2005

フレディ・フェアフィールド

ルドルフ号2

親愛なる我が友へ、

 ごきげんよう。宛名をどう書くべきか、今この街に貴方がいると知れたことは良いことなのですが郵便局は宛名のない手紙を届けてくれそうにありません。しかしこの手紙は届くでしょう。この手紙に心当たりがなければ話は此処で終わりになるのですがそうでない場合、上記の場所に同封の招待状を持ってお越しいただきたく思います。私は私が何故ここに居るのかその訳も知りません。もし貴方は知っているというのであれば教えていただけると幸いです。

追伸

親愛なる鹿へ、

 ごきげんよう、その他に伝えたいことはありません。

よろしくお願いします。”


「タウンゼント中尉、僕の友人だね」


 21世紀からの手紙はイギリス語で書かれていた。僕は手紙をマップバックにしまって残りのコーヒーを飲み干しエランドを起こした。

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