第35話 私情警察9 ~前編~

カラン……


「やぁやぁ、マリさん。今日もお美しいっス!」

「まぁ、どうも…圭介さん」


一人の男が入ってきた。オレの後輩、圭介だ。

外は暑いというのに涼しい顔してやがる。圭介はカウンターにスッと座る。


今回もA4サイズが入る封筒で持ってきている。


「マリさん!これ、いつものっス!」

「まぁ、ありがとう…お店を閉めたら読ませていただくわ」

「いやぁ、それにしても外は暑いっスね」

「そうね、外での仕事は大変そうね…」

「空調服の購入も検討してほしいっスよ〜」

「最近の暑さは異常よね」

「道路工事の人とか大変そうッス!7、8月は夏休みにしてあげた方がいいッスよ」


そういって圭介はガムシロップをたっぷり入れたアイスコーヒーを一気飲みする。


「マリさんは好きな季節ってあります?」

「えっと…そうね冬かしら」

「夏は苦手っスか?」

「そうね、虫が出てくるし食べ物はすぐ傷むし…」

「そうだな。青空の入道雲…海水浴…風鈴…花火大会…雰囲気はいいんだけどな〜」


圭介はオレに見向きもせずに、話を進める。

…まぁ、いつものことだ。特に腹は立たない。


「バランスが良いのは秋っスかね?春は花粉症があるし、虫が出てきますし……。どんどん虫が減っていくという点ではバランスがいいかもっスね!」

「ふふ、そうね……グラニデをどうぞ」

「ありがとうございます!!」


圭介はグラニデをパクパク食べ始めた。グラニデとはフランス版かき氷のようなものだ。


グラニデはフランス料理の口直しとして出されることが多い。その場合は糖度を低くした氷菓だが、今回は甘く仕上げたデザートにしてある。日本人は甘すぎるのはウケが悪いが…本番フランスでは、おそらく全体の料理コースのバランスで糖度を低くしているのだろう。しかし、糖度を高くし方が客のウケがいいのだった。多分、単品で出すからだろう。

かき氷と違う点は、ジュース状のものをそのままステンレスのバットなどで凍らせ、食べるときにスプーンでかいて食べるところである。


「おいしいッスよ〜マリさぁん!」


圭介の目尻がフニャりと下がる。


「でも、同じ氷菓子なら…かき氷で良くないか?」

「…先輩、それはちがうッスよ」

「?」

「先輩だっていろんな国の格闘技を勉強してるでしょ?それはなんのためッスか?」

「……自分が強くなるためだな」

「そうでしょ?マリさんのグラニデも一緒っス。優劣をつけるだけじゃなく、他国の文化を学び自分の糧にするのが大事なんですよ!」

「ぐぬぬ!!」


…こいつには口喧嘩は勝てない……。

リアルファイトなら勝てるのに…。

まぁしかし、圭介の言い分は正しいか…。俺も世界中の格闘技、拷問を勉強して外道をほふることを考えているからな。マリの場合はそれが料理で人を笑顔にしたい!ということからだろう。


「大体先輩は……っと、もうこんな時間か…。今日は早めに失礼するっス!」


言いたいことだけ言って、ヤツは帰っていった。

オレは玄関に清めの塩をまいた。

そして滞りなく一日が過ぎた。

時刻は夕方。

オレは店じまいの準備をする…。



そしてその晩のこと…



「ふふ、圭介さんのラブレター…とても興味深いわ」

「どれ……ふん。車内放置か…」


オレはアイツが持ってきた資料に目をとおす。

今回は車内放置か…。


車内放置……。この炎天下の中で子どもを車内に置き去りにすること…。これは最早殺人未遂といっても良いくらいだ。最近の夏はハッキリ言って異常だ。アイスコーヒーが一時間もしないうちにホットコーヒーになってしまう。車内熱中症は子どもの命に関わる問題である。短時間でも絶対に置き去りにしてはならない。 JAF(日本自動車連盟)の実験では、気温35度の屋外に駐車した車内では、エンジン停止後、15分で人体に危険なレベルに達すると言われている。


(被害者は5歳と3歳の子ども……か)


…で、パチンコの駐車場が多い。偏見ともとれるが、しかたがない。偏見丸出しの意見だが…そういうやからが大体事件を起こすのである。


「子は親を選べない…気の毒にね」

「ああ……」


しかし…わざわざ、圭介がオレに持ってくるということはターゲットは相当のクズ、つまり余罪がたくさんあるということだ。


(待ってろよ外道ども!)


そしてその日の夜、10時ごろ…。


コン…コン…コン…


裏口から一人のやつれた中年女性が入ってきた。

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