第54話 聖女の誕生

 『零氷聖体』は、空間を絶対零度で支配する魔法を自身の体に纏うことで強化するシオンの新魔法。

 その力に加え、『魂力』による大幅な強化を加えたことで、異常強化が発生した。


「リュー。大丈夫なの?」

「うん」


 軽い会話を経てから、エリサは下がって見守る。

リュウコも、魂力を覚えた勇者相手ということで油断することは無い。


「じゃあ、行くからねッ!!」


 言い切ると同時に、真っ黒な拳をリュウコに向けて振りかぶる。

その威力は、無強化であれば正面から鉄を粉砕できるほど。

 リュウコは両手を交差させ、真っ向から迎え撃つ。


「『氷聖砲』」


 拳の先から放たれる黒い照射。神聖と銘打っているはずなのにどす黒い色なのはなどと考えながらも、体に魔力を張って防御する。


 普通に貫通されて体にダメージは通るが、それでもかまわないとばかりに堂々と受け止めた。


「『絶対零度砲』」


 極低温のビームという、わけのわからない存在による攻撃で、リュウコの表面はがちがちに固まりはじめる。

 細胞が壊死するほどの極端な温度の低下にも、特に反応せずに受け止め、リュウコの髪は逆立ったまま凍り付いた。


「ほら、全然効いてない」


 そう言ったリュウコの体は、まるで何事も無かったかのように元通り。

宝力を使った身体強化によって細胞を保護、体温を一定に保ち氷を溶かすことで元通りにしてしまう。


「でも、エリサさんより強いよね」

「うん……けど」

「わかった。そこまで頑なならしょうがない」


 納得の空気を含ませた声音で、そう言うシオンに安心する。

しかし、シオンの纏った魔力自体はまるで飽和されず、練度が高まってばかり。

 反射的な警戒を解くことはできない。


「リュウコ君は、私のこと嫌い?」

「そんなわけない」

「だよねぇ。じゃあ、好きだから離れようとしてるんだ。」

「その……えっと」

「リュウコ君。私、王都に戻る。ランちゃんも連れて帰るね」


 突然、明瞭な会話をし始めたシオン。

理知的で温和で慈悲深い。普段の彼女に近くなった。


「他の勇者たちも強くしながら、とにかく強くなる。誰にもリュウコ君の事を話さない。」


 シオンは、一つ一つ確認するように話す。

それは、離れている間の約束。


「王国内で派閥を作って秘密裏に運用していく。金銭的な面、政治的な面で強いパイプも構築しておく。だから」


 一つ間を置いて、シオンがぐっとリュウコに顔を近づける。


「次は絶対一緒に行こうね。」


 その、真っ黒な目の奥に見えるものに恐怖を覚え、反射で頷いてしまうリュウコ。

 その反応に満足したらしいシオンは、気絶しているランを魔力で浮かび上がらせて街まで運ぶ。

 その背中を見送っているリュウコは、同じく冷や汗を掻いているエリサに睨まれつつも背中を一回叩かれ、その場は終了した。


◇◆◇


 街に戻ったリュウコ達は、騎士のサムに挨拶することに。

今日中には王都に戻るために出発するという話をしている。


「これ、ラットの『魔武装』です。ランが持つのが良いかと思います。」


 宝石が先についているような杖の形をしている『魔武装』をサムに手渡す。

盗まれるという可能性もあったが、サムの人柄を信頼してみる。


「あと、あのラットはマッドラットじゃない『カオスラット』です。この異変についても王都で詳しく調べてください。」


 虹色に輝く体毛、それは従来の魔物の系統に属さない『混沌種』の特徴。

それは、数千分の一の確率で発生する特異個体で、『進化変異』と重なるというのは前例が無いほどに低確率。

 

「明らかに何かが起こっています。勇者様に危険があってはいけない。」

「わかりました。ご忠告、感謝します。」


 サムは最後までリュウコの正体について、勘付いてはいても詮索するようなことはしなかった。

 それを理解しているから、信頼することにした。


「では、我々はすぐにでも経ち、王都のギルドに向かいます。リュー様、こちらこの度の御礼品です。」


 サムが差し出して来たのは一つの袋。中身は金だろうと思われ、それは外からの見た目だけでもかなりの量が入っているよう。


「これは……」

「勇者の命に値段をつけることはできません。そのために必要な金を惜しむことはありません。これは、今回私に王が預けた『必要金』です。」


 それの意味するところは分からない。しかし、頑なに断る理由も無いため、最終的には受け取った。

 リュウコは『異界』へとそれを入れると、サムと軽く挨拶をして別れる。

シオンとランにも、そしてカオミやイッセイとも別れの挨拶はせず、エリサの待つ冒険者ギルドへと戻っていった。


◇◆◇


「で、何か言うことは?」

「……すみません」

「あんた、余裕ぶっこいてアタシを死なせかけたってわかってる?」

「はい……本当に申し訳ありません。」


 ギルド内のテーブル空間。そこで正座させられているリュウコに、周りの視線は温かい。半分くらいは笑っているが、もう半分は同情的な目で見ている。


「大体、あの女たちの力比べにアタシを利用するっていうのが間違い千万なのよ。アンタ自身が相手して実力を測れば済む話だったんだから……」


 エリサの説教は数十分に渡り続けられ、リュウコは足の感覚がなくなるまで正座させられた。

 ある程度言い切って満足したのか、エリサの怒り熱は少しだけ冷めて落ち着き始めた。


「ま、アンタの秘密を握ったし、邪魔者はいなくなったから、もう良いわ。」

「ぅ……はい。」


 そう言って正座から解放されたリュウコだが、その日の後半はエリサと別れての別行動となり、1人街を散策することになった。


◇◆◇


 エリサの機嫌は戻ったハズということで、気兼ねなく単独行動をしているリュウコは、商店街の出店を見て回っていた。

 以前は『紋』の練習のための土台に中古の剣を探して回った場所。今度は装備を調達しようと目論んでいる。

 

 現在リュウコもエリサもほとんど私服状態。そこに軽装備でも『紋』の効果があれば、より安全に冒険ができる。

 そう思っているリュウコは、うきうきで商店街に歩き出した。

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