第8話 月が綺麗

 ミサキ先生に腕を引かれ、どこに連れていかれたかと言うと


「おし、そっちの椅子に座れ。」


 ミサキ先生の個室だった。

ミサキ先生は女性だからか、執事がいたが、適当に言って外に出してしまい、今はリュウコと二人きりの状況だ。


「お前を呼んだのは他でもない。ここから逃げるぞ。」

「えっ。それってどういう。」

「たまたま偉そうな鎧を着た騎士の会話を聞いてな。『使い物にならない弱い勇者は間引きする』そういう話を聞いた。」

「っそんなこと!」


 シータやミラはそんなことを言うことは無い。

しかし、リュウコの事を知らない、ステータスが無いということだけしか知らない者たちからすれば、そう結論付けられるのも無理はないのかもしれない。

 そもそもにして、ごく潰しになり得る勇者を国が養うのも……

人権意識の強い日本の学生にとっては、想像できないかもしれないが、呼び出したということなんて、実益の犠牲にしかならない。


 身勝手な理由で呼び出して、身勝手に処分する。

そんなこと、世界が違えばまかり通ることなんて、想像できたこと。


「まだそんな大それたことはしないだろうが、冗談を言っている雰囲気でもなかった。もし、そんな兆候が見られたらでもいい。その時は逃げるぞ。」

「それは、その、なんで先生まで」

「生徒を守るためだ。それにアタシはここだとかなり強い部類らしいからな。お前ひとり養うくらいは、多分楽勝だ。」


 力こぶを作ってみせ、笑顔を向けてくれるミサキ先生。

その笑顔に不安が混じっているのも、見ればわかる。

 だからこそ、意地は見せる必要があると、そう思う。


「大丈夫です。」

「え、おま、大丈夫って、そんな。」

「大丈夫。僕は死んだりしませんって。」


 直接的に処刑してくるとは、流石に思っていない。

生徒たちの意欲を削ぐだけだし、反発だって生まれる。

 やるとすれば、訓練にかこつけて、偶然を装って。


 それがわかっていれば、リュウコだって警戒できる。

ミサキ先生の持ってきた情報は、それだけで十分助けになった。


「むしろ、先生がピンチになったら僕が助けますよ。」

「無理だろ。お前ひょろいし」

「……」


 せめて160センチくらいは身長が欲しかったと思いながら、ミサキ先生の部屋から出て、王城内をぶらぶらと歩きまわるリュウコだった。


◇◆◇


 適当に歩き回ると、夜空のよく見える中庭に出ていた。

廊下の灯りや、月明りに照らされて幻想的な草花に、ついつい目が奪われてしまい、立ち止まって見入ってしまう。

 白く淡い反射をしている花は、なんという種類かは分からないが、昔一度だけ見た百合に似ている気がして、近づいて手で触れてみた。


「その花が気になるのかい?」


 声を掛けられて振り返ると、そこには一人の騎士が立っていた。

シータやミラなどと同じ装飾のついた甲冑を身に纏い、金色の髪を靡かせたイケメン。

 かけられた声は男にしてはやや高く、しかし聞き心地の良い音だった。


「私もたまに水やりをしているんだ。見てくれる人がいるのはうれしいね。」


 そう言いながらその騎士はリュウコの隣にしゃがみ、花に手を添える。


「やはり花は良い。特に君のような可愛い子と一緒にいると、尚の事だ。」


 綺麗な顔をリュウコに向け、うっすら微笑む。

近くで見ると、翠の瞳が澄んで見える。

 なにより、軟派な言葉のハズが、あまりにも自然体過ぎて嫌に聞こえない。

 リュウコの見た目と暗がりで勘違いされているようではあるが、それを訂正する気にならないくらい、その言葉は様になっていた。


「君はどうかな?」


 顔にかかった前髪に触れ、そう訊ねられる。

素手で触られたが、その手があまりにも柔らかくてつい身を引いてしまった。

 そんなリュウコの様子にも、騎士は不快になった様子もなく、ただ微笑みの色が苦笑に近くなり、手を離した。


「すまない。怖がらせるつもりはなかったんだ。」

「いえ、あの」


 上ずった声で返事をしようとするが、それがかえって誤解を強めたかもしれない。

 リュウコはどうにか肯定的な言葉を出そうとして、何度も言葉に詰まる。


「あの、お名前はっ」


 やっとのことで出てきたのは、相手の名前を聞くという、意味の分からない言葉だけ。

 

「私はアレク、そうだな。アレクと呼んでくれ。また、どこかで会おう。」


 そう言って騎士、アレクは中庭の先、リュウコの来たのとは違う方向へ去っていった。


 一人残されたリュウコは、少し荒いの心臓の鼓動を感じながら、その花をもっと近くで眺めていた。


◇◆◇



 騎士用の別棟、男子寮と女子寮の間の共用空間で、アレクは一人水を飲んでいた。

 コップ一杯の水をちびちびと飲んでいると、後ろから怒声が飛んでくる。


「あっ!団長探しましたよ!昼間はよくもサボりましたね!」

「ああ、シータ。王女にまたおねだりされちゃって、西の方に行ってたんだ。」

「そうですか。それなら仕方ありませんね。……?なんか顔、赤くないですか?」


 いつもゆるふわなシータとは違い、アレクに対してはいつもより語気が厳しいようにも思える。

 そして、生徒たちに接するときよりも更に親しげに見える。


「そこの中庭で、可愛い女の子に出会ってね。」

「はぁ、また男性(・・)に間違われたんですか?」

「いや、それがだね。その子の事が、こう、気になって。」


 先ほどまでのさわやかな印象もどこへやら。

指先を弄って言いよどむ姿は、とても初心な子供のようで


「えっ」

「つい、ナンパのようなことをしたし、アレクなんて名乗っちゃって。」

「その、えっ、本気で言っています?」


 狼狽えるシータ。目の前には、頬を赤く染めて、もじもじと恥ずかしそうにしているアレク。

 何より、アレクの話す内容に、シータは頭が追いつかない。


「ちょっと待ってください。アレクサンドラ第二騎士団長。それってひょっとして」

「そうなんだよっ!おっ、女の子を好きになっちゃったかも!」


 そう言ってアレク。アレクサンドラ・ジンジャーは真っ赤になった顔をシータに向けて、その潤んだ目で訴えかける。


「ど~しよぉ~!シータぁ!!」

「ししし、知りませんよぉ!!自分でどうにかしてください!!」


「だってぇ!人を好きになったのなんて初めてなんだよ~!!」


 これが、この王国最強の女騎士と名高い、アレクサンドラ・ジンジャーの姿である。

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