第12話「“美女”じゃないの!?SNSとパラメーターの理不尽な関係」

「……うーん、ちょっとだけ、下がってない?」


晴れた昼下がり、公園のベンチに腰かけながら、沙織はスマホ画面に浮かぶ《現在の数値:76/100》を見つめていた。


「さっきまで78だったよね? 何も悪いことしてないし、むしろこの数日、めっちゃ“いい子”してるのに!」


木漏れ日が揺れる中、鳩に餌をやっていたおじいさんが何気なくこちらを見た。沙織は慌ててスマホを伏せる。


「いや〜、最近、近所で噂なのよ」


すぐ隣のベンチで、おしゃべりに花を咲かせるマダム二人組が聞こえるように話してくる。


「ほら、駅前でお年寄り助けたり、迷子の子ども保護したり……“善行ガール”って言われてるらしいわよ〜」


「“ガール”?“美女”じゃなくて?」


「いや、そこ大事?」


「大事でしょ!? イメージ変わるわよ! ガールと美女じゃ!」


沙織は心の中でそっと涙を流した。


(うんうん、私もそう思う……)


自分で“善行美女”って名乗る勇気はない。でも、“善行ガール”と“善行美女”の間には、地味に超えられない壁があるのだ。



---


スマホを開くと、またしても“@sao_sao_love”の通知がやたら多い。


「えっ、なにこれ……えっ、えっ……!」


トレンドに「善行ガール」がちらっと入っている。まさか自分のことだとは思わなかったが、いざ気づくと手汗が止まらない。


「ちょっ、なんで!?」


> 『スーパーでおばあちゃん助けた“さおりちゃん”、駅でも見かけた』

『地元に現れた天使』

『善行ガール、どこの子!?』

『おでこが広いという目撃情報あり』




「誰よ、おでこが広いって書いたの……!!」


そんなSNSを見て、思わず頬がゆるむ沙織。


「ふふ……なんか……ちょっと嬉しいかも」


その瞬間――


ピコン、とパラメーターが更新。


《現在の数値:74/100》


「……え?」


固まる沙織。


「ちょっと喜んだだけで下がるって、何それ!? 理不尽にも程があるんですけど!!!」


スマホに詰め寄るが、当然ながら無反応。


しかもSNSでは追い打ちが。


> 『たしか“さおりちゃん”って言ってた気がする』

『あの優しさ、絶対モテるタイプ』

『てか、もっと美人だと思ってた』

『意外と地味めだった(※個人の感想です)』




「ぎゃあああああああああ!!」


隣のマダムがびくっとした。


「……これ、完全に不幸では?」


パラメーターを睨む。


《現在の数値:74/100》――微動だにせず。


「おい、どう考えても今のは不幸でしょ!? “美女”じゃない言われたんだよ!? “地味め”って何!?」


周囲の鳩すら逃げていくレベルの地団駄。しかし数値は変わらず。


「……不幸の基準、厳しすぎでは?」



---


一方その頃――


駿は自宅のソファで、同じワードを検索していた。


「“善行ガール”……? え、これって」


ひでこを助けたさおりの話が、ローカルニュース記事に載り始めていた。


「……やっぱりそうかも」


駿はスマホを握りしめて立ち上がる。


「マネージャー、今日ちょっと時間作れます?」


『またですか。今度は何の理由で?』


「善行です。探偵活動という名の、善行です」


『また変なこと始めました?』


「いやいやいや、これは大事な人助けです!あと推し探しです!いや、推され側だけど!」


駿はまだ、彼女が“推し”である自分の存在を知らないことに気づいていない。



---


その夜。


自室でSNSを再確認した沙織は、パラメーターをもう一度見つめる。


《現在の数値:73/100》


「下がってるー!? なんで!? 寝てただけなんだけど!?」


『善行美女』ではなく、『地味めの善行ガール』と認知された悔しさは癒えていない。


「もういいもん……こうなったら、外見磨きも善行に含めるから!」


明日からのメイク動画再生回数が急増するのは、彼女の決意によるものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る